鄧玄之は正史三国志の呂蒙伝に名前が登場する人物です。
正史三国志の呂蒙伝に「南陽の鄧玄之」の文字があり、南陽郡の出身なのでしょう。
鄧玄之は零陵太守の郝普とも旧交がありました。
鄧玄之と郝普との関係に目を付けたのが、零陵を帰順させようと考えていた呂蒙です。
呂蒙は鄧玄之に郝普の説得を任せました。
呂蒙は鄧玄之に嘘の情報を郝普を説得させ、郝普が信じた事で呂蒙は零陵を無血開城する事に成功しています。
今回は偽情報で郝普を説得してしまった鄧玄之を解説します。
呂蒙の零陵侵攻
劉璋から劉備が益州を奪うと、孫権は荊州の返還を求めますが、劉備は却下しました。
怒った孫権は呂蒙に長沙、零陵、桂陽の三郡を武力で奪う様に命じる事になります。
呂蒙は長沙の廖立からいとも簡単に城を奪い、桂陽も同じく降しました。
零陵だけが呉に抵抗する構えを見せますが、呂蒙は鄧玄之が秘策になると考えていたわけです。
呂蒙は郝普と旧友関係にあった鄧玄之に説得させようと考えました。
呂蒙は酃にいた鄧玄之を迎え車に乗せて零陵に連れて行ったわけです。
呂蒙の態度を見るに、鄧玄之を丁重に扱っている事が分かります。
この時はまだ劉備や関羽と孫権、魯粛は対峙しているだけであり、戦闘にはなっていませんでした。
孫権は呂蒙に零陵攻略は諦め魯粛の加勢に行くように命じますが、呂蒙は鄧玄之なら郝普を説得できると考えたのか、孫権の命令には反して零陵を目指したわけです。
郝普を説得
呂蒙は夜中に諸将を集め城を攻撃する事を命じ、その席にいた鄧玄之の方を向くと次の様に述べました。
※正史三国志 呂蒙伝より
呂蒙「郝子太（郝普）殿は世の中に忠義というものがある事を知っており、自分も行いたいと考えているようだ。
しかし、時代の流れを掴めてはいない。
左将軍殿（劉備）は漢中にあって夏侯淵の包囲を受けており、関羽は南郡で陛下（孫権）が自ら指揮する軍と対峙しておられる。
（近頃、彼は樊城の本営を破り、酃を救おうとしたが、逆に孫規に打ち破られてしまった。）
これらは、さきほど起きた事であり、あなた自身がその目で見た事である。
彼は逆さ吊りにされ自ら死を逃れる方法も知らないのに、忠義を立てる余裕はないであろう。
我が軍の精鋭は強く全ての兵士が死力を尽くして戦う覚悟があり、陛下の援軍は次々にこちらに向かっている状態だ。
現在の子太殿（郝普）の命は風前の灯火であり、来るはずもない救援を待っておられる。
今の郝普殿の状態は牛の蹄で出来た水たまりにいる魚が、長江や漢水から流れ出て来る水を待っている様なものだ。
援軍があてにならない事は少し考えれば分かる事である。
子太殿が仮に士卒を心を一つにして、孤立無援の城を死守し時間稼ぎをする事で、子太殿に共感する人々が集まるのも悪くはないとは思う。
しかし、今の状態で私が計略を立てて力の差を考慮し攻撃したならば、その日のうちに落城の憂き目にあうだろう。
零陵の城が落城してしまっては、そこで命を棄てても何の役にも立たず、百歳になる子太殿の老いた母親が、白髪頭のままで処刑されてしまうのである。
これは悲しい事ではないだろうか。
私が思うに、子太殿は外からの情報が無く救援が来ると考えており、籠城を決め込んでいるのである。
貴方（鄧玄之）は子太殿と会見を行い、今の話を伝え正しい状況を伝えてやって欲しい」
呂蒙は鄧玄之に郝普に伝える内容を知らせました。
しかし、呂蒙が鄧玄之に与えた情報には嘘が含まれており、劉備は関羽を救う為に公安まで出陣しており、決して漢中で夏侯淵の包囲を受けているわけではありません。
さらに言えば、この時点では荊州争奪戦は、どちらに転ぶかも分からない状態であり、呂蒙は嘘の情報を鄧玄之に伝えた事になります。
呂蒙が鄧玄之を丁重に扱ったのも、自分の事を信用させる為の策略だったわけです。
因みに、呂蒙の口からでた「牛の蹄」の例え話は、荘子からの引用であり、呂蒙が孫権に読書を勧められて、荘子も読んでいる事が分かります。
呂蒙が鄧玄之に述べた（近頃、彼は樊の本営を破り、酃を救おうとしたが、逆に孫規に打ち破られてしまった。）は、ちくま学芸文庫の訳をそのまま引用させて貰いました。
孫規に関する記述はちくま学芸文庫７巻呉書（１０９頁）の注に「この一文意味不明」と書かれており、そのまま記載してあります。
郝普が降伏
鄧玄之は零陵の城への使者となり郝普と面会しました。
鄧玄之は呂蒙の意向を郝普に伝える事になります。
この時に鄧玄之は呂蒙に良くしてもらった事も郝普に伝えた様に感じています。
郝普は鄧玄之の言葉を聞くと畏れて、聞き従ったとあります。
郝普は開城を決断すると、鄧玄之は先に城を出て顛末を呂蒙に伝えました。
呂蒙は４人の配下の者に、それぞれが百人の兵士を選び郝普が城から出て来たら城門を固めてしまう様に伝えます。
何かしらの変事が起きたとしても、呂蒙は対応できるようにしておいたのでしょう。
呂蒙は郝普と面会するや、劉備が公安まで援軍として来ている事を聞かされ、うなだれる事となります。
郝普はショックが大きかったのでしょう。
郝普は鄧玄之を恨んだ様に思うかも知れませんが、鄧玄之の方も呂蒙に嘘の情報を持たされており、鄧玄之も呂蒙を恨んだ可能性があります。
魯粛と関羽の間で、単刀赴会が行われ和議が結ばれると、郝普は蜀に戻りました。
しかし、次の史書に郝普の名前が登場する時は、呉の配下として登場する事から、郝普は何処かのタイミングで蜀から呉の移った事になるはずです。
郝普は呉で出世しており、呂蒙の方から郝普や鄧玄之に対し何かしらの配慮があったのかも知れません。
尚、鄧玄之に関しては、この後に登場せず、どうなったのは不明です。
