戦国時代に活躍した「兵」である山崎新平を紹介します。
尚、山崎新平って誰?と思う人がいたら「センゴク」という宮下英樹さんが書いた漫画を読んでいないと言う事でしょう。
逆に、読んでもいないのに山崎新平を知っていたら、どこまでマニアックは人なの?とビビッてしまう程です。
ちなみに、武将と書かずに「兵」と書いたのは、仙石秀久や仙石家の歴史書でもある「改撰仙石家譜」には「兵」という記録があるからです。
名前が記載されると言う事は、それなりの録を貰っている武将なのかも知れません。
ちなみに、山崎新平には「俊秀」という名前が付いていますが、センゴクでのオリジナル設定のようで、史実では伝わっていません。
こんな事を書いてしまって、私が知らない資料で「俊秀」という名前が出たら申し訳なく思いますけど・・・。
山崎新平の史実
山崎新平の史実ですが、浅井・朝倉連合軍と織田・徳川連合軍が対峙した姉川の戦いに参戦したようです。
この戦いで、よく言われているのが、浅井家の猛将磯野員昌が織田軍の13段構えに突撃を掛けて11段まで蹴散らしたと言われています。
しかし、朝倉軍を蹴散らした、徳川家康の軍勢に側面攻撃を掛けられて敗退した事になっています。
この戦いは多くの謎があり、宮下英樹さんの「センゴク」では、姉川の戦いは浅井・朝倉連合軍の奇襲攻撃で始まったとしています。
諸説があり詳しい事は分からない部分も多いのですが、浅井・朝倉連合軍と織田・徳川連合軍が姉川で対峙した事は事実でしょう。
その時に、浅井方として参戦したのが、山崎新平だとされています。
そして、仙石秀久に討ち取られた記録が「改撰仙石家譜」に残っているわけです。
ただし、山崎新平がどこの隊に所属していたのかも分かりませんし、武士なのかも分かりません。
ただ「兵」と書いてあります。
しかし、記録されると言う事は、当時としてはそれなりに有名な武将だったのかも知れません。
尚、浅井家の先駆け(先頭に立ち突っ込んでいく人)となっていますが、そのような記録もないわけです。
もちろん、馬上槍で馬に乗りながら暴れまくったなどの記載もありません。
ただ、仙石秀久に討ち取られた事が記録されているのみです。
これが史実の山崎新平の姿です。
センゴクでの山崎新平
漫画センゴクでの、山崎新平は史実とはかけ離れた驚異的な強さを持った武将として描かれています。
弓を使わしても、槍を使わせてもオールマイティに秀でていて、圧倒的な強さを誇っています。
史実にはない、かけ離れた強さを持つ武将として描かれているのが特徴です。
堀秀村が織田家に寝返る
浅井方の武将として、堀秀村がいました。
長比城を守備する武将として登場します。
しかし、山崎新平は、堀秀村や家老の樋口直房に対して、恐怖を煽るような接し方をしているわけです。
この接し方に対して、堀秀村は恐怖を抱き「このまま浅井家の駒として仕えるか悩む」事になります。
羽柴秀吉の軍師である竹中半兵衛が「堀秀村は迷っている」という話を山崎新平にしてしまいます。
それにより、堀秀村と樋口長房は織田領に逃走します。
山崎新平は、その情報をキャッチすると上司である磯野員昌に報告し追撃したいと申し出を行います。
その後、追撃をするわけですが、堀秀村を助けに来た、羽柴秀吉隊に阻止されています。
しかし、織田信長は長比城を味方にする事が出来れば、浅井家最強と言われている磯野員昌が守る佐和山城と、浅井長政の小谷城を引き離す事が出来ると喜んだわけです。
姉川の合戦と母喰鳥の計
姉川の戦いでは、母喰鳥(ふくろう)の計を進言します。
母喰鳥の計を聞いた浅井長政の武将である、遠藤直経は下記のように言っています。
あなおそろしや山崎新平・・・戦では重臣もひれ伏すよりほかなしっ!!
母喰鳥の計を聞いた浅井方の将兵は全員賛同しています。
山崎新平は戦に関しては、絶大なる信頼がある設定になっているわけです。
母喰鳥の計と言うのは、姉川の反対に対峙していた浅井・朝倉軍が織田の大軍を見て横山城を捨てたかのように、小谷城に戻るように見せかけます。
すると、織田軍は全軍を上げて横山城を攻めるわけですが、そこを後ろから奇襲をするという戦法です。
坂井尚恒を討ち取る
山崎新平は先駆けとなり織田軍に突撃を掛けてきます。
そこに、若武者である坂井尚恒が立ちはだかりますが、矢を射られてしまい落馬しています。
そこで寝ていれば助かったわけですが、坂井尚恒は根性を出して山崎新平に挑みますが、呆気なく首を取られています
根性があるばかりに死んでしまったと言う奴なのでしょう。
このシーンが「センゴク」だとかなりドラマチックに描かれています。
しかし、根性を見せた為に死んでしまうと言うのは、残念に感じた事実もあります。
坂井尚恒が立ち上がらずに寝ていれば死なずに済んだはずです。
ちなみに、三国志の蜀の皇帝になった劉備であれば、躊躇することなく死んだふりをした事でしょう。
仙石秀久に討たれる
羽柴秀吉ですが、突撃の命令を出しています。
仙石秀久や坂井尚恒が死んだ情報が入ったからです。
これに蜂須賀正勝も呼応して突撃を決意します。
しかし、ここでの見せ場はやはり、仙石秀久です。
坂井尚恒を見た仙石秀久は修羅のような状態になってしまい、山崎新平に立ち向かっていきます。
しかし、武芸の差があり、山崎新平は仙石秀久の背後を取ります。
馬上で背後を取った事で、山崎新平は勝ったと思ったわけです。
この時に、仙石秀久はお蝶の事や様々な事が思い浮かび、生きるための戦いを思い起こします。
その瞬間、馬上で反転して山崎新平を攻撃し致命傷を与えています。
これにより仙石秀久は、山崎新平を討ち取る事が出来たわけです。
ちなみに、山崎新平がなぜいつもマスクを着けているかは、漫画の方を読んでもらいたいと思います。
戦国時代の残酷さが分かるシーンでもあります。
その後、山崎新平を討ち取った事を織田方の武将が宣伝し、浅井方はこれを聞くと敗北を覚悟し士気の低下を招いたわけです。
浅井・朝倉連合軍は兵を引き、織田信長は横山城を落とす事に成功します。
ちなみに、横山城は羽柴秀吉に与えられる事になりました。
これがセンゴクの漫画での山崎新平俊秀です。
武芸においては、センゴクでも屈指の人物と言えるでしょう。
山崎新平について思った事
センゴクに描かれている山崎新平ですが、かなり威圧感がある人物として描かれています。
部下の失敗などは許すようなタイプにも見えません。
実際に、工夫が釘を盗んだと言って斬り捨てたりもしています。
部下に対しては、恐怖を持って支配する人として描かれているわけです。
山崎新平を見て思ったのが、「この人には使えたくないな」と思ったわけですw
私が根性が無いのが問題なのかも知れませんが、いくら仕事が出来ても威圧的な人とは仕事はしたくはありません。
この様に思うのは私だけでしょうか?
私は、自分でいうのも何ですが、クリエイティブにやりたい方です。
威圧的な上司であれば、「上司に怒られない」事ばかりを考えてしまい、仕事に関してのクリエイティブさは発揮できないでしょう。
ただし、これを言うと「威圧的にやらないと、部下が言う事を聞いてくれない」と感じる人もいるはずです。
それも考慮すれば、自由過ぎて社内が引き締まらないのも問題なはずです。
やはり、厳しさと優しさのバランスを上手く取る事が大事だと言えるのではないかと感じました。
最後に山崎新平の事も書こうと思いますが、天国でセンゴクの漫画を見ていたら「俺、絶対にこんな活躍してねえよ!」を思うのではないかと思いますw
浅井方の他の武将であれば「俺は絶対、山崎新平よりも姉川の戦いで活躍した」と言い出す人もいるのではないかと感じましたw
センゴクの姉川の戦いは、非常によく描けていると思いました。