
| 名前 | 智過 |
| 生没年 | 不明 |
| コメント | 韓と魏が裏切ると予見した。 |
智過は智伯に仕えた人物であり、智伯の一族でもあります。
戦国策に名前が登場します。
晋陽の戦いでは趙の宰相の張孟談の態度を見て、智過は韓と魏が寝返ると考えますが、主君の智伯は取り上げませんでした。
身の危険を感じた智過は輔氏に改姓し、智伯の元を去る事になります。
智過が予測した通り韓と魏が寝返り、智伯は命を落としました。
韓康子と魏桓子の二主が寝返る事は、絺疵も予測しており、智過と絺疵は戦場を離れた事で命拾いしたと言えるでしょう。
智過が韓・魏が裏切ると予見
晋陽の戦いで趙の宰相の張孟談は、韓康子と魏桓子に寝返りを約束させました。
この後に、張孟談は軍使として智伯に謁見し、帰路に着きますが、この時に智過が張孟談を見つける事になります。
智過は急いで智伯に謁見すると、張孟談が闊歩して歩いており、韓・魏に寝返りを約束させたと説きました。
しかし、智伯は「韓と魏には、趙の土地を三分割する約束している」とし、取り合わなかったわけです。
智過は韓康子と魏桓子の元に行き、再び智伯の元に戻りますが「韓・魏の両君の顔色がおかしく、心は動揺しており。我らを裏切る」と告げ、処刑してしまう様に進言しました。
智伯は「晋陽の戦いが始まってから既に3年になるのに、今になって裏切るはずがない」と告げ「2度と言わないでくれ」と釘を刺す事になります。
韓と魏に親しむには
智過は「処刑するつもりがないなら、もっと親身になる様に」と進言しました。
智伯が韓と魏ともっと親しむための方法を訪ねると、智過は次の様に答えています。
※戦国策 趙策より
智過「魏桓子の謀臣を趙葭と言い、韓康子の謀臣を段規と言います。
この二人は主君の方針を変えるだけの力があります。
趙葭と段規の二人に趙を滅ぼした暁には、それぞれに「1万戸の邑を与える」と約束してください。
こうなれば魏桓子も韓康子も裏切る事はありませんし、我が君の望みも叶う事でしょう」
智過は趙葭と段規に1万戸の邑を与えると約束すれば、魏と韓も裏切る事もなく趙を滅ぼす事が出来ると考えたのでしょう。
さらに言えば、智過は智伯が趙を滅ぼせば、その後に韓や魏も滅ぼすと考えており、一次的に相手に与えるだけだと考えた様に思います。
しかし、智伯は「自分の取り分が減ってしまう」と考えて却下しました。
智伯陣営では絺疵も魏と韓が寝返ると予見していましたが、智過の同じく魏と韓が寝返り晋陽の戦いでの敗戦を予見した事になります。
智過が輔氏に改姓
智過は自らの言葉が智伯に用いられないと悟ると、輔氏と改姓し戦場を後にしました。
智過は韓と魏の寝返りにより、智伯が滅ぶと確信していた事になります。
絺疵は斉への使者となり離脱しましたが、智過は姓を輔氏に代えて、戦場を去ったと言えるでしょう。
智過が戦場を離脱した事を知り、ほくそ笑んだのが張孟談話であり、韓と魏に「今晩に決行」と告げました。
韓康子と魏桓子は晋陽の堤防を決壊させ、水を智伯の陣に流し込み、智伯の軍が混乱したところで、趙襄子が兵を繰り出し、智伯を討ち取る事になります。
晋陽の戦いは、智過が考えた最悪の展開となり幕を下ろしました。
戦国策では智伯は智過の進言を聞き入れなかった事で滅んだとあり、智過の輔氏だけは生き残ったと書き晋陽の戦いを終えています。