
| 名前 | エジプト第8王朝 |
| 時代 | エジプト文明 |
| コメント | 地方豪族が力を持つ混乱の時代だった。 |
エジプト第8王朝はエジプト第一中間期に属する王朝です。
ただし、エジプト第8王朝の首都はメンフィスに置かれており、エジプト第7王朝と同様にエジプト古王国時代に分類される事もあります。
エジプト第8王朝の時代は混乱が続いており、ファラオに力はなくコロコロと代わり、地方豪族が力を持った時代でもありました。
コプトスのシェマイは上エジプトの全てを束ねる長官に任命されたり、ファラオとの結婚により宰相にもなっています。
エジプト第8王朝が崩壊すると、同時にメンフィスを首都に置く時代も終焉を迎えました。
エジプト第8王朝の誕生
エジプト第7王朝が終焉すると、エジプト第8王朝が誕生しました。
第8王朝もメンフィスを都としており、この点は第7王朝と同じです。
アドビス王名表には6人の王がいた事になっており、五代まではトリノ王名表と一致しています。
エジプト第8王朝は在位年数が5年を超えるファラオも存在せず、短期間で王がコロコロと変わった様子が伺えます。
エジプト第七王朝と同様に第8王朝も混乱の時代であり、ファラオの政治は安定しませんでした。
ただし、エジプト第8王朝の二代目であるカカラー・イビ王が南サッカラに小型ながらピラミッドを造営した事が分かっています。
カカラー・イビのピラミッド造営は古王国時代への回帰を願ったとする見方も存在しています。
エジプト第8王朝と地方豪族
エジプト古王国時代の末期から、地方豪族が力をつける様になりました。
エジプト第8王朝のファラオたちも、有力な地方豪族と結びつく事で国力増強を務めようと考えたのでしょう。
地方豪族の方でもエジプト第8王朝に接近する事でファラオの権威を使う事もでき、互いにメリットがあったはずです。
エジプト第8王朝の初代・ウアジカラーはシェマイを上エジプトの長官に任命し、22のノモスを任せた記録があります。
シェマイはコプトスの州侯であり、有力豪族だとも考えられています。
シェマイが上エジプトの最大の豪族であり、ウアジカラーを担ぎ上げて権力を握った可能性もあります。
エジプト第8王朝の五代ファラオのネフェルカウホルの長女と結婚し、宰相になったとする記録もある状態です。
エジプト第8王朝の実態
エジプト第7王朝とエジプト第8王朝は二つの王朝を合わせても、僅か11年に過ぎなかったとする見解もあります。
しかし、ファラオは権威の上では全エジプトの支配者としての立場は、保っていたのではないかともされている状態です。
エジプト第8王朝の王権の実態は無いようなものであり、地方の有力者が力を持ち支配したと考えられています。
これまでのエジプト文明の王朝はナルメル王からずっとメンフィスを首都としていましたが、エジプト第8王朝の終焉と共にメンフィスの時代も終わりました。
エジプト第9王朝の初代はケティという人物ですが、第8王朝との関係もはっきりとしません。