
| 名前 | 苦成常(こせいじょう) |
| 生没年 | 不明 |
| 登場 | 戦国策 |
| 時代 | 戦国時代 |
| コメント | 建信君に合従の重要さを解いた。 |
苦成常は戦国策の趙策に登場する人物です。
戦国策では建信君に合従の盟約を結ぶ事の大事さを解きました。
ただし、戦国策では苦成常の一方的な話の内容が書かれているだけであり、世の中にどの様な影響を与えたのかは不明です。
苦成常は戦国策で登場するのは一カ所だけであり、非常に地味な存在でした。
しかし、春秋戦国時代の後期を描いた大人気漫画であるキングダムで、趙の晋成常なる武将が登場しており、苦成常と名前が似ている事で注目を集めています。
今回は史実の苦成常がどの様な人物なのか解説します。
苦成常の史実
戦国策の趙策に苦成常の記述があり、建信君に次の様に述べたと言います。
※戦国策 趙策より
苦成常「天下の諸侯は合従の同盟を結び趙の河間を取り戻させて、趙だけが秦に憎まれる様に仕向けているのは何故でしょうか。
魏が秦の呂遼を殺害した時は、天下の諸侯は快事と考えて、魏と誼を結ぼうとしました。
ここで河間を取り戻すのと、呂遼を殺害するのとでは、何処が違うのでしょうか。
貴方は密かに秦に通じるが如き、虚偽を投げうちひたすら文信侯(呂不韋)を憎むべきです。
この気持ちがあれば、諸侯には分かって貰えます。
合従の盟約を結ぶ事が出来れば、河間を取り戻す事が出来なくても、くよくよと嘆く必要はありません。
逆に合従の盟約を結ぶ事が出来なければ、河間を取り戻したとしても、何の足しにもなりません」
戦国策の記述を見る限りでは、苦成常は建信君に河間を取り戻す事よりも、諸侯と合従の盟約を結ぶ方が大事だと説いた事になります。
戦国策では話がここで終わっており、建信君が苦成常のいう事を聞いたのかは不明です。
苦成常の言葉は何年頃の事か
苦成常が建信君に話を入れたのは、何年の話なのかの問題があります。
苦成常は秦の呂不韋を憎む様に建信君に進言しており、呂不韋が丞相及び文信侯となったのは、荘襄王の元年(紀元前249年)であり、これ以降の話となります。
呂不韋が嫪毐(ろうあい)の事件により失脚したのが、紀元前238年の事であり、苦成常が建信君に進言したのは、紀元前249年から238年の間になるはずです。
この時の趙王は孝成王もしくは悼襄王のどちらかになるでしょう。
尚、この後に苦成常がどの様になったのかは記録がなく不明です。
最後もよく分からないとしか言いようがありません。