
| 名前 | 霊咒公(れいじゅこう) |
| 登場 | キングダム |
| コメント | 代軍を率いて趙軍に参戦 |
霊咒公は漫画キングダムに登場する架空の人物です。
趙と秦の最終決戦である趙攻略戦に、登場する人物でもあります。
霊咒公は代の軍を率いて、最悪の事態に備え王賁の軍の攻撃を耐え抜きました。
霊咒公は戦上手な人物として、司馬尚も高く評価しており、今後に重要人物になる可能性も秘めていると感じています。
今回は霊咒公がキングダムにおいて、なぜ重要人物になっていく可能性があるかなども、考察してみました。
霊咒公と司馬尚
キングダムでは代の霊咒公が司馬尚と会った話が掲載されています。
司馬尚は霊咒公を「ある意味、我が師」とまで述べています。
司馬尚との対面で話をした霊咒公は代が、趙の一部であり、そうでないとも取れる曖昧な立ち位置だと述べました。
さらに、霊咒公は「二百年以上前に代王が后の弟に宴に呼ばれ暗殺された」と述べており、二百年以上前に起きた事件は趙襄子が代王を暗殺した事件を指し史実の出来事です。
ここで霊咒公は司馬尚に小国の王たる者は「決して隙を見せるな」「常に最悪の事態を想定し備えろ」とアドバイスをしました。
これを実践で見せたのが、霊咒公となります。
最悪の事態を想定した備え
霊咒公は袁環と共に、王賁率いる軍と対峙する事になります。
王賁は関常や壁が前方で戦い、亜花錦が後方から現れ、霊咒公の本陣を急襲し、霊咒公を討つ作戦を立てました。
亜花錦の奇襲部隊は霊咒公の本陣の付近まで辿り着きますが、この頃に司馬尚は李牧と共におり「何人も霊咒公は倒せぬ」とお墨付きを与えています。
実際に、霊咒公は不慮の事態に備えており「消えろハエ共」と述べ、亜花錦の動きに対処したわけです。
亜花錦はトリッキーな動きを見せるも、最終的に霊咒公は王賁の軍の攻撃を耐え凌いでいます。
司馬尚の言葉もあり、霊咒公の将としての力量がよく分かる戦いぶりでもありました。
余談ですが、霊咒公との一戦を終えた夜に、王賁は関常や亜花錦らとおり、息子の「離」が5歳になったと述べるシーンがあります。
王賁のいう「離」は間違いなく、王離の事であり、キングダムでは紀元前234年に生まれた設定になっているのでしょう。
キングダムの設定を逆算すると、王離は27歳の時(紀元前207年)に鉅鹿の戦いで、項羽に敗れた事になります。
霊咒公が重要人物になる可能性(予想)
霊咒公は代国の責任者でもあり、将軍とする立ち位置になっています。
ここでポイントになるのが、霊咒公が代の軍を率いている事です。
史記の趙世家を見ると、秦と趙の最終決戦の2年前である紀元前231年に、代で大地震があった事が記録されています。
秦が韓の新鄭を無血開城した1年前に、代で大地震があったわけです。
さらに、趙では紀元前230年に大飢饉が起きた話があります。
代の大地震と趙の大飢饉をキングダム作者の原泰久先生がどの様に結びつけるのかは不明ですが、可能性として代の大地震だけではなく、大飢饉も代で起きた事になるのではないでしょうか。
それと同時に、李牧が食糧援助を条件に、霊咒公の参戦を引き出した可能性もある様に思いました。
ただし、李牧は犬戎のロゾや青華雲、司馬尚の様に人を味方につける事が出来る人物であり、李牧の人柄を信じて霊咒公は参戦した可能性もあります。
さらに言うと、霊咒公が代の人物だというのもポイントだと感じました。
史実では李牧が死に幽穆王(趙遷)が捕虜となった後に、趙の悼襄王の元太子であった趙嘉が代王となっています。
趙嘉は代王嘉とも呼ばれますが、霊咒公は代の将軍であり、霊咒公が補佐する可能性がある様に感じました。
これを考えると、霊咒公が今後の重要人物になっていく可能性も十分にあるとみる事が出来るはずです。
勿論、原泰久先生がどの様に霊咒公を描いて行くのかは不明ですが、最終的に代王嘉を補佐する事も考えられるのではないでしょうか。