
| 名前 | ティイ |
| 生没年 | 不明 |
| 時代 | エジプト文明 |
| 国 | エジプト第18王朝 |
| 一族 | 父:ユヤ 母:チュウヤ 兄:アアネン |
| 配偶者:アメンホテプ3世 子:アメンホテプ4世 | |
| コメント | 有力貴族の娘だがファラオの正妃となった |
ティイはエジプト第18王朝のファラオのアメンホテプ3世の王妃になった女性です。
ティイは地方の有力貴族の出身であるユヤとチュウヤの娘でしたが、ファラオの正妃となっています。
地方貴族の娘がファラオになるのは異例の事であり、当時の人々は驚いたのではないでしょうか。
ティイはアメンホテプ3世に寵愛され、一族も豊かになりました。
ティイとの婚姻の意味
アメンホテプ3世は治世2年目、わずか10歳ほどで結婚しました。
新王国時代のファラオは、外戚の影響力を抑えるために姉妹と結婚することが多かったとされています。
しかし、アメンホテプ3世が選んだのは地方貴族の娘ティイ(Tiye) でした。
ティイはアクミーム地方の有力者であるユヤとチュウヤの娘です。
慣例を破って地方貴族の娘と結婚した理由として考えられる点が、「ティイの一族はすでに強大な影響力を持っていた」「彼らの軍事力・政治力を取り込む意図があった」「母ムテムウィヤもアクミーム出身とする説と整合する」ということです。
つまり、アメンホテプ3世はアクミームの有力貴族を味方につけるためにティイと結婚したと考えられています。
ただし、アメンホテプ3世の行動を見ると政略結婚にも見えますが、ティイを大事にしていた事が分かります。
ティイ一族の台頭
ティイの父ユヤと母チュウヤは、王族ではないにもかかわらず 王家の谷に墓を与えられました。
王家の谷は本来、王族の墓所です。
そこに埋葬されたということは、アメンホテプ3世が彼らを極めて重視していた証拠です。
実際、ユヤとチュウヤの墓からは黄金のマスクや豪華な副葬品が発見され、彼らが最後まで厚遇されていたことが分かります。
ティイには兄のアアネン(Aanen)がいました。
彼はアメン神殿の第二司祭という高位に就き、これも破格の出世とされています。
さらに、ツタンカーメン王の宰相であり、のちにファラオとなった アイ(Ay)もアクミーム出身で、ティイの一族であった可能性が指摘されています。
アクミーム出身者が王権中枢に多く登場するのは、ティイ一族の影響力の強さを示すものです。
ティイの地位
アメンホテプ3世の治世10年には、ミタンニ王シュッタルナ2世の王女キルヘパが317人の侍女を伴ってエジプトに輿入れした と記録されています。
これは国際的な婚姻外交の一環であり、アメンホテプ3世の治世が国際的にも安定し、エジプトが強大な影響力を持っていたことを示しています。
アメンホテプ3世には複数の妻がいましたが、正妃ティイの地位は圧倒的に高かったと考えられています。
彫刻や建造物では常にアメンホテプ3世と並んで描かれる、ハトホル女神の化身として神格化される、
王妃として異例の政治的影響力を持つ、外交文書(アマルナ文書)にも名前が登場するなど、ティイは単なる王妃ではなく、王権の象徴としての役割を担った女性でした。