名前 | 博王谷(はくおうこく) |
登場 | キングダム |
国 | 韓 |
コメント | 国を思う武将 |
博王谷は漫画キングダムに登場する架空の人物です。
韓の第二将という事になっており、韓では洛亜完に次ぐ実力の持ち主です。
最初は南陽の守備をしていましたが、秦の策略により新鄭に軍を率いて移動しました。
英呈平原の戦いでは洛亜完と共に出陣しますが、李信により討ち取られています。
ただし、博王谷は武人であり韓の国を思う人物として語られるなど、名将の風格がある人物だと感じました。
尚、キングダムでは函谷関の戦いで、毒使いの成恢なる韓武将が登場しましたが、成恢との関係は語られておらず不明です。
博王谷の登場
キングダムで博王谷の名が最初に登場するのは、秦が韓の南陽に向かって侵攻して来た時です。
秦の南陽侵攻を聞くと韓では軍議が開かれ、将軍の洛亜完や張宰相、寧姫らが王安王の前に集まりました。
洛亜完の副将のヨコヨコが「南陽を守るのは第二将博王谷将軍の軍です」と告げています。
ここで洛亜完は博王谷の軍が自分に次ぐ精強な軍を持っていると告げ、博王谷は野戦が得意としながらも守城戦も巧みに戦うと述べています。
洛亜完の見通しでは、博王谷は「十万程度の敵なら軽く撃退する」と涼しい顔で言ってのけており、絶大なる信頼がある事も分かるはずです。
秦では南陽を李信が先陣となり6万の兵で攻撃を仕掛けました。
南陽では城壁の上に博王谷の軍が配置され、この時点では徹底抗戦の構えを見せたわけです。
博王谷はこの時点では、秦軍に打って出る事をせずに籠城を決め込んだとも言えるでしょう。
ただし、騰や羌瘣の策により、秦は見せかけの兵を10万用意しており、騰の兵と合わせて26万もの大軍で南陽を攻める構えを見せました。
王安王は南陽の城主である龍安に軍を全て、新鄭に移動させる様に伝える事になります。
博王谷の軍は新鄭に移動し、南陽は無血開城しました。
ここまでの博王谷は言葉を一切発しておらず、只々命令に従っています。
英呈平原の戦い
たと同数であっても我らが勝つ
博王谷は洛亜完と共に英呈平原の戦いに出陣する事になります。
英呈平原の戦いは小国の韓の総力戦でもあり、極めて重要な戦いだったわけです。
しかし、南陽周辺の城では、南陽における秦の善政を聞いており、韓に兵を出すのを渋る事態となり、当初は五万集まるはずが3万しか集まりませんでした。
博王谷は「たとえ同数であっても我らが勝つ」と自信を見せています。
英呈平原では韓軍19万と秦軍16万が戦う事になります。
博王谷は洛亜完の副将として、英呈平原の戦いに参戦しました。
博王谷の演説
英呈平原の戦いの前に洛亜完は兵を鼓舞しますが、副将の博王谷も演説を行っています。
博王谷は韓軍の正規軍には「心・技・体」があると述べ、兵を鼓舞しています。
博王谷は韓は最強の軍であるのに対し、秦は強制的に徴兵された兵で、力の差は韓が上だとしました。
「我らが正義の鉄槌で秦の鬼畜どもを粉砕せよ」で博王谷は大いに士気が上がる事になります。
秦軍でも騰と李信が演説を行い、遂に英呈平原の戦いが開かれました。
戦上手の博王谷
英呈平原の戦いでは博王谷の7万の軍の前に、6万の兵を率いた李信がおり、飛信隊と戦う事になります。
騰の前方には洛亜完が12万の兵で控えていました。
秦と韓は激突しますが、飛信隊の軍師である河了貂も博王谷を認める発言をしています。
河了貂は南陽の民から博王谷は剛の武将だと聞いていましたが「剛だけじゃなく思いの外 戦上手なのかもしれない」と述べています。
状況を見た博王谷は不気味に「洛亜完に合図を送れ 李信を狩るぞ」と配下の兵士に命令しました。
博王谷の本軍が動き出し、羌瘣も博王谷が手強いと認めています。
韓軍の策
博王谷の軍の位置を見た河了貂は、博王谷の軍に横撃を仕掛ける様に命じました。
しかし、これは囮であり反対側から、飛信隊の満童が激しく博王谷の軍に攻撃する事になります。
ここで博王谷は「考えることは同じだな」と発言するや、洛亜完の副将であるヨコヨコが我呂を蹴散らし、パワー勝負でも李信を上回る強さを見せました。
秦の騰は軍を前進させ、洛亜完も軍を前進させ全面衝突となります。
ここで隆国の回想シーンが入り洛亜完と博王谷の二人は千人将の時代に廉頗や呉慶らを退けた話しとなります。
しかし、韓は弱小国であり二十年も大戦を行うことが出来ず、二人は才能がありながらも活躍の場が無かった事が判明しました。
博王谷の迷い
英呈平原の戦いでは洛亜完の采配により、録嗚未や干央が危機を覚える状況となります。
こうした中で博王谷は矛を持ちヨコヨコと二人で、李信に襲い掛かっています。
李信は窮地に陥りますが、崇原、沛浪、田有らが現れ救われました。
李信は復活し博王谷に襲い掛かりますが、博王谷は渾身の一撃で反撃しています。
博王谷は「国民全員の思いを背負っている」と述べ一騎打ちを続け「韓の民を秦の奴隷になど断じてさせるものか」と意地を見せました。
ここで渕さんが南陽での善政や韓人を奴隷にするつもりはないと告げますが、博王谷は聞く耳を持たなかったわけです。
博王谷は武力で南陽を制圧し無理やり従わせたと思っていましたが、飛信隊の人々は南陽の温形らから渡された南陽石のお守りを見せたわけです。
この辺りから博王谷に迷いが見えた様な気がしました。
博王谷の最後
李信は「中華全土の人間の思いを背負って力にする」と告げますが、博王谷は「傲慢の極み」とし強く撃ちかかりました。
英呈平原の戦いの前に洛亜完は博王谷に「李信が想定以上の力を持っているなら無理をせず退いて立て直す様に」と指示していました。
しかし、博王谷は李信との一騎打ちで決して退かない決意で挑んだわけです。
博王谷は意地で李信に攻撃しますが、最後は討ち取られています。
李信は戦いに勝利しましたが「韓の第二将の力は想像していたよりも ずっと深くて大きかった」と認めました。
左の戦場では洛亜完と騰、干央、録嗚未らが戦っていましたが、ヨコヨコが博王谷の死を告げました。
ヨコヨコは洛亜完に撤退を進言し、英呈平原の戦いは一日で決着が着きました。
英呈平原の戦いで博王谷の死は、戦いを大きく左右したと言えるでしょう。