
| 名前 | 閼英(けつえい) |
| 生没年 | 紀元前53年??ー没年不明 |
| 国 | 新羅 |
| 一族 | 配偶者:赫居世 子:南解次次雄 |
| コメント | 新羅の初代王妃 |
閼英夫人は新羅の始祖である赫居世の妻です。
赫居世が卵から生まれた事になっているのに対し、閼英は龍の脇から生まれた事になっています。
閼英は成長すると見目麗しい女性となり、赫居世の妻となり新羅の二代目・南解次次雄を生みました。
赫居世と閼英夫人は二人合わせて「二聖」という事になっています。
しかし、三国史記を見ても、どの様な行動があり聖人になったのかは不明です。
伝説上の人物とも見られています。
閼英夫人の誕生
三国史記によると、赫居世の5年(前53年)に、閼英井に龍が現れたといいます。
龍の右脇から幼女が生まれ、これが閼英となります。
ただし、三国遺事では左脇から生まれた事になっており、唇が鶏のくちばしのようであり、北川で水浴びを行うととれたとあります。
三国史記では、この様子を見ていた老婆は奇跡だと感じ、娘を育てる事になります。
閼英の名前は井戸の名から取りました。
閼英は成長しますが、容姿端麗な女性となり、人徳も兼ね備えていたとあります。
つまり、美人で性格も良かった事になるのでしょう。
ただし、具体的な徳行は記録されておらず不明です。
それでも、普通に考えれば、地方でも噂の美女になったとみる事が出来るはずです。
新羅王妃となる
閼英の噂を聞きつけたのが、新羅王の赫居世であり、王妃として迎え入れる事になります。
赫居世も美人で性格もよいと評判の閼英に興味を持ったのは、当然の成り行きにもみえます。
これにより閼英夫人が誕生しました。
王妃となっても、閼英は徳の高い行動を行っており、内助の功に優れていたと言います。
赫居世の家の中の事を上手に取りまとめ、後方から新羅を支えたという事なのでしょう。
当時の人々は、始祖の赫居世と閼英を二聖と言ったと伝わっています。
閼英夫人は新羅の始祖である赫居世の妻です。
赫居世が卵から生まれた事になっているのに対し、閼英は龍の脇から生まれた事になっています。
閼英は成長すると見目麗しい女性となり、赫居世の妻となり新羅の二代目・南解次次雄を生みました。
赫居世と閼英夫人は二人合わせて「二聖」という事になっています。
しかし、三国史記を見ても、どの様な行動があり聖人になったのかは不明です。
伝説上の人物とも見られています。
閼英夫人の誕生
三国史記によると、赫居世の5年(前53年)に、閼英井に龍が現れたといいます。
龍の右脇から幼女が生まれ、これが閼英となります。
ただし、三国遺事では左脇から生まれた事になっており、唇が鶏のくちばしのようであり、北川で水浴びを行うととれたとあります。
三国史記では、この様子を見ていた老婆は奇跡だと感じ、娘を育てる事になります。
閼英の名前は井戸の名から取りました。
閼英は成長しますが、容姿端麗な女性となり、人徳も兼ね備えていたとあります。
つまり、美人で性格も良かった事になるのでしょう。
普通に考えれば、地方でも噂の美女になったとみる事が出来るはずです。
新羅王妃となる
閼英の噂を聞きつけたのが、新羅王の赫居世であり、王妃として迎え入れる事になります。
赫居世も美人で性格もよいと評判の閼英の興味を持ったのは、当然の成り行きにもみえます。
これにより閼英夫人が誕生しました。
王妃となっても、閼英は徳の高い行動を行っており、内助の功に優れていたと言います。
赫居世の家の中の事を上手に取りまとめ、後方から新羅を支えたという事なのでしょう。
当時の人々は、始祖の赫居世と閼英を二聖と言ったと伝わっています。
尚、新羅の二代目の君主の南解次次雄を生んだのは閼英夫人だと三国史記は記録しました。
日本神話との共通点
始祖の赫居世は卵から生まれるだけではなく光とも関係しており太陽を現わすともされ、妻の閼英は閼英井の龍の脇から誕生しており、水神を現わしているとも考えられています。
日本神話でも、天皇家は天孫降臨があり天界(太陽)から地上に来たとみられており、水神であるワタツミの娘の豊玉姫や玉依姫は皇室に嫁いでいます。
太陽と水というのは農耕生活に相応しい神話とも考えられており、新羅の赫居世と閼英の話は日本神話との類似点も指摘されている状態です。
ただし、日本の建国神話では神が国民を支配する立場だと決められていますが、新羅では村民の期待に応じて擁立されたのが新羅王であり、全てが重なるわけでもありません。