三国志 魏(三国志)

鄧展(とうてん)は面目を潰された剣士

2022年5月29日

スポンサーリンク

名前鄧展(とうてん)
生没年不明
時代三国志、後漢末期
勢力曹丕
コメント曹丕に面目を潰された剣術論者

鄧展は曹丕と剣術論をぶつけた人物であり、正史三国志の注釈・典略に名前を見る事が出来ます。

鄧展は様々な武器を扱う事が出来る技術を持っていると言われていました。

曹丕と鄧展は剣術論をぶつける事になりますが、酒が入っていた事もあり棒を持っての模擬戦を行う事になります。

鄧展は曹丕と戦いますが、戦いになると曹丕に圧倒されてしまい全敗する結果となりました。

鄧展は曹丕により面目を潰されてしまったとも言えるでしょう。

今回は正史三国志文帝紀の注釈・典略にある鄧展と曹丕の逸話を解説します。

五つの武器に精通

鄧展ですが、五つの武器に精通していた話があります。

五つの武器の内容は「戈・殳・戟・酋矛・夷矛」です。

さらに、鄧展の体術の凄さを現わす話として、武器を持たずに白刃の中に入る事が出来たと言います。

人智を超えた様な存在である鄧展は魏の奮威将軍でもあり、曹丕と酒宴の席で剣術に関して議論する事になりました。

この席には平虜将軍の劉勲もいた様ですが、劉勲は名前だけであり、剣術論をぶつけたのは曹丕と鄧展の二人です。

鄧展と曹丕の剣術論は酒も入っていたせいか、ヒートアップしていく事になります。

剣術論では収まらず

曹丕と鄧展は剣術に関して論議しますが、曹丕は鄧展の剣術が間違っていると指摘しました。

曹丕は過去に剣術論を好んでおり、優れた剣術を会得していると言います。

曹丕は鄧展の剣術よりも、自分が学んだ剣術の方が優れていると述べたわけです。

鄧展は剣術を持って認められた人物であり、曹操の子で後継者の曹丕であっても、剣術に関しては譲れない所があったのでしょう。

鄧展は曹丕に実戦形式での、手合わせを願ったとあります。

この時の曹丕は酒が十分に回っており耳が熱くなり、酔い覚ましのさとうきびを食べていたと言います。

こうした中で鄧展に勝負を挑まれた曹丕は受ける事にしました。

曹丕と鄧展の剣術論は議論では収まらず、棒を持っての実戦形式に入ったわけです。

曹丕が鄧展を圧倒

普通に考えれば鄧展は剣術の達人であり、曹丕を圧倒する様に思うかも知れません。

しかし、実践が始まると曹丕の剣の腕は鄧展を上回り、三度も鄧展の臂に当てる事になります。

周囲の者は大笑いし、鄧展の面目が潰された形となります。

鄧展は引くに引けなくなってしまい、曹丕にもう一度戦う様に要請しました。

曹丕は鄧展に対して、次の様に述べました。

曹丕「儂のやり方は動きが早いから面には当たりにくい。

だから臂に当たる事になる。」

曹丕は鄧展の臂を打った理由を解説しますが、鄧展は食い下がらず再び戦う様に求めました。

曹丕も了承し、鄧展と曹丕の最後の模擬戦が行われます。

最後の勝負

曹丕は鄧展を観察し、突きを使って勝負を掛けると予測しました。

曹丕は深く進み出ると見せかけます。

すると、鄧展は曹丕の動きに応じて進んで来ました。

鄧展は既に三度も曹丕に敗れており、頭に血が昇っていたせいか、曹丕の囮に乗る事になります。

曹丕は素早く動くと鄧展に面を叩き込み、鄧展の額を打ち付けたわけです。

曹丕が余りにも見事に鄧展から面を取った事から、周りの者は驚き目を見張る事になります。

それと同時に鄧展は完全に顔を潰される形にまった事でしょう。

曹丕が勝った理由

曹丕は座に戻ると次の様に語っています。

曹丕「前漢の呂后の時代にいた名医の陽慶は名医とされた淳于意に、彼の元の医術を辞めさせ、自分の秘術を授けた。

私は鄧展将軍が元の剣術を棄て去り、改めて立派な教えを受ける事を願う」

曹丕の言葉により、鄧展は完全に面目を失ったと言えるでしょう。

尚、曹丕は袁敏から剣術を学んだ事も述べています。

曹丕と言えば曹植と並び、文学の腕の方が評価されがちですが、剣術をとっても一流の人物だったのでしょう。

ただし、曹操の子で曹丕の弟の曹彰などは、猛獣と格闘が出来る程の戦闘力を秘めていた話があります。

それを考えると剣術の達人である曹丕と言えど、曹彰には適わなかったはずです。

曹丕は曹操の子の中で曹植程の文学の才能もなく、曹沖の様な知恵もなく、曹彰の様な得体の知れない肉体も無かった事でしょう。

しかし、様々な能力をオールラウンドに、秘めていたのが曹丕だったのかも知れません。

尚、鄧展に関しての記録は、曹丕との剣術論で敗れた事のみであり、どの様な実績があったのか?などは不明です。

曹丕が言う様に、鄧展は自分のやり方が間違っていると認め、新しいやり方を覚えようとしたのかも記録がなく分かっていません。

この記事を書いた人

構成・文/宮下悠史

スポンサーリンク