
| 名前 | 段規 |
| 生没年 | 不明 |
| 主君 | 韓康子 |
| コメント | 成皋を取る様に進言した。 |
段規は韓康子に仕えた人物です。
晋陽の戦いの中で、智過は段規を趙葭と共に「主君の心を変える事が出来る人物」として高く評価しました。
智過の言葉からも、段規が韓で如何に重用されたのかが分かるはずです。
戦国策の韓策に晋陽の戦いの後に、「成皋を取る様に」と進言した話が残っています。
韓では哀侯の時代に鄭を降しますが、成皋は重要拠点となり、鄭を滅ぼすのに重要な拠点となりました。
成皋を取り韓が鄭を滅ぼすきっかけを作った事を考えれば、段規は高く評価してもよいのではないでしょうか。
土地を割譲する様に進言
智伯は晋の正卿となり勢力は大きく、韓に土地の割譲を要求しました。
韓康子は断りを入れようとしますが、段規は次の様に諫めています。
※戦国策 趙策より
段規「断ってはいけません。智伯の人柄は利を好み残忍で暴虐です。
土地を要求したのに与えねば、韓と事を起こしにきます。
我が君は智伯に土地をくれてやるべきです。
ここで智伯が土地を得れば調子に乗り、他にも土地を割くように要求するでしょう。
土地を要求された国が要求を聞き入れねば、理由をつけて軍を出します。
韓は土地を取りあえず割譲し、状況の変化を待ち、臨機応変に動くべきです」
段規は智伯に土地を割譲し、他国を攻めたところで、臨機応変に動くべきだと考えた事になります。
韓康子も段規の考えに納得し、智伯に1万戸の邑を割譲しました。
この後に、智伯は魏桓子にも土地の要求をしますが、趙葭の言葉で土地を与える事になります。
智伯は趙襄子にも土地を要求しますが、趙襄子が断りを入れた事で、晋陽の戦いが勃発しました。
これを考えれば、韓康子が段規の言う事を聞かず、智伯の要求を断わっていたら、韓が智伯、魏、趙の連合軍に攻められていた可能性があるのではないでしょうか。
段規の進言は韓の国を救ったと言えるのかも知れません。
尚、晋陽の戦いは趙襄子の配下の張孟談の誘いで、韓と魏が趙に寝返り、智伯は敗死しました。
成皋を取る様に進言
戦国策によると晋陽の戦いの後に、智氏の土地を分割する事になりました。
この時に段規は「成皋を取る様に」と進言しています。
成皋を取る意味が韓康子は分からず「石ころばかりで役に立たぬ地」と述べました。
ここで段規は成皋を取れば地の利を得る事が可能であり、鄭を取る事が出来るとと進言しています。
韓康子は段規の言葉に納得し、成皋を取りました。
韓康子の時代に鄭を取る事が出来ませんでしたが、成皋は韓が鄭を得るための重要拠点となっています。
韓の哀侯の時代に韓は鄭を滅ぼすに至りました。
項羽と劉邦も成皋の地で激戦を繰り返しており、地政学的にも重要な地域だった事は間違いないでしょう。
戦国時代から成皋の重要さを見抜いていた段規は、優れた先見性を持っていたと言えます。
尚、段規が韓康子に成皋を取る様に進言した話が、戦国策の韓策の最初の話となっています。