
| 名前 | へき(へき) |
| 登場 | キングダム |
| コメント | 壁が実在したのかは微妙な部分がある。 |
壁は漫画キングダムで有名になりました。
壁に関しては、実在した史実の将軍とする説もあれば、実在しなかたっとする説があります。
意味不明に感じるかも知れませんが、史記の読み方により壁は実在の人物にもなれば、架空の人物にもなってしまうという事です。
実際に作者の原泰久先生も連載が始まった時は、壁は実在した人物だと考えて描いていましたが、途中で誤訳に気付き物語を変えてしまったと語っています。
壁はキングダムでは圧倒的な才能の持ち主ではありませんが、任務に忠実な熱血漢でもあります。
こうした壁のひたむきな姿は多くの人々の心を捉え、人気キャラになっている状態です。
壁の史実
壁は実在した将軍なのか
蒲鶮(ほかく)の記事でも紹介しましたが、ちくま学芸文庫の史記本紀では、次の様に記載されています。
※史記本紀 ちくま学芸文庫より
8年、秦王の弟長安君成蟜が軍を率いて趙を討ち、趙の屯留の民を従えて謀叛した。
秦はこれを撃って長安君を殺害し、軍吏をみな斬り、屯留の民を臨洮(甘粛)にうつした。
この時、将軍の壁が死ぬと、武卒の屯留人蒲鶮がまた背いた。
よって、これを殺して、その屍を戮した。
上記の記述から、ちくま学芸文庫の小竹文夫氏や武夫氏は「将軍の壁」と訳しており、壁という秦の将軍がおり、成蟜の乱の後に何らかの理由で亡くなった事が記載されています。
ちくま学芸文庫の記述を見る限りでは、壁が実在した事は明らかでしょう。
尚、史記に壁が登場するのはここだけであり、戦国策には登場しません。
壁が実在しなかった説
壁が実在しなかった説も存在します。
壁が登場する史記の始皇本紀の8年を見ると、原文は次の様になっています。
※史記より
将軍壁死卒屯留蒲鶮反戮其屍
上記の記述を見ると「将軍壁死」と記述されている事が分かるはずです。
解釈としては、将軍(成蟜)が壁死したと読む事も出来ます。
壁死と言うのは、防塁で自害した事を指し、これだと壁は存在しない事になるはずです。
鶴間和幸先生も書籍の中で、この部分に着目しており、鶴間先生は壁死を支持していました。
原泰久先生はどの様に考えていたのか
キングダムの原泰久先生はキングダム公式ガイドブック覇道列紀の中で、次の様に述べています。
もともと屯留で死ぬ予定でした。
しかし、読んだ和訳が誤訳だった。
原泰久先生は壁の最初の予定では、壁は屯留で死ぬ予定であり、成蟜と共に最後を迎える予定だったのでしょう。
それと同時に読んだ和訳が誤訳だったとも明かしており、多分ですが、原泰久先生が読んだ和訳というのはちくま学芸文庫の史記本紀だったのではないでしょうか。
キングダムの物語を描く上で、壁死が正しいと考える様になったのでしょう。
これを見ると、原泰久先生は連載が始まった当初は、壁は史実の人物として話を進めていましたが、途中で架空の人物に代わってしまった事になります。
さらに、原泰久先生は成蟜と瑠衣を中心にした話にした方が盛り上がると考え、壁は死なせなかった事になります。
壁が人気の理由
キングダム公式ガイドブックの中で、原泰久先生は「壁はすごく人気のあるキャラ」だと述べています。
壁の人気の理由について考えてみました。
キングダムのキャラで考えると、李信、王賁、蒙恬、羌瘣、楊端和など明らかに常人離れした才能を持っています。
しかし、壁に関しては圧倒的な能力は感じる事が出来ず、我々と同じ凡人としての要素が強いです。
勿論、壁は将軍にまでなっており、我々と同じにするのは失礼かも知れません。
それでも、壁は凡人が故に犬戎との戦いでは、兵糧を焼かれるなどの失態を犯すなどしています。
ここから挽回し、最後は犬戎王のロゾをダントと共に討ち取っています。
しかし、壁はロゾを討ち取った事を覚えていないという事態となりました。
この辺りも壁の凡人具合が分かる気がします。
壁はガムシャラであり、才能は無くても手は抜かず、常に出来る事を全力でやっている様に感じました。
人間は自信のない事に対し「やれる事は常に全力でやる」という人もいれば「俺やる気ないから」みたいにスカした態度を取る人もいます。
壁は明らかに前者であり、そこが人の心を動かすのだと感じました。
キタリなどは最初は壁を見下していましたが、既に壁に恋心まで抱く様になっています。
キタリが壁を好きになる理由も分かる気がするのではないでしょうか。
壁は屯留で死んでおらず、原泰久先生が自由に描ける存在となりました。
原泰久先生は公式ガイドブックの中で、信が絶体絶命の危機になった時に、助けるのは意外と壁みたいなキャラとも述べており、今後に期待したいと思います。