イスラム

ターリクはイベリア半島で活躍したイスラムの将軍

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宮下悠史

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名前ターリク
本名ターリク・イブン・ズィヤード
ウマイヤ朝
年表711年 グアダレーテ河畔の戦い
コメントウマイヤ朝のイベリア半島制圧に大きく貢献した。

ターリクはウマイヤ朝の北アフリカ総督・ムーサの配下の将軍として活躍した人物です。

かなり謎が多い人物ですが、ベルベル人だったのではないかと考えられています。

ウマイヤ朝はアラブ人優遇政策を取っていましたが、ムーサはターリクの能力を認め将軍に任命したのでしょう。

ターリクは軍を率いてイベリア半島に渡りますが、渡った場所はジャバル・アルターリク(ターリクの山)とも呼ばれ、ジブラルタル海峡の語源になったと伝わっています。

ターリクはグアダレーテ河畔の戦いで大勝し、ムーサと共にウマイヤ朝のイベリア半島支配の大功労者となりました。

しかし、ダマスクスに呼び出されたターリクはムーサと共に失脚する事になります。

イベリア半島制圧に大活躍したターリクですが、その最後はよく分かっていません。

ターリクとグアダレーテ河畔の戦い

ターリクの山

ターリクはアラブ人総督のムーサ配下の将軍でした。

西ゴート王国ではロデリックとアギラ2世が争い、ムーサはターリクに兵を与え西ゴート王国の制圧に取り掛かる事になります。

ターリクは北アフリカにいましたが、ジブラルタル海峡を渡りイベリア半島を上陸しました。

ターリクがイベリア半島に上陸した場所は「ジャバル・アルターリク」とも呼ばれ、日本語に訳すとターリクの山という意味になります。

ターリクの山という意味の「ジャバル・アルターリク」がジブラルタル海峡の語源とする説もあります。

ターリクの山からイベリア半島に上陸したターリクですが、船を焼いたという話が残っています。

つまり、ターリクは退路を断ちウマイヤ朝の兵に「敗北は死」だと悟らせ、決死の覚悟にさせたと言えるでしょう。

末期に項羽が鉅鹿の戦いでは3日間の食糧を残して船もろとも沈め退路を断った話がありますが、ターリクの同じ事をやり背水の陣で挑んだとみる事が出来ます。

圧倒的な勝利

西ゴート王国の国王のロデリックはヴァスコン人の反乱鎮圧をしていましたが、ターリクの軍が攻めて来た事を知ると兵を南下させる事になります。

ロデリックは対立していたアギラ2世にも共闘を呼びかけ、グアダレーテ河畔の戦いに挑む事になります。

西ゴート王国は大軍であり、ターリクはムーサに援軍を呼びかけ増援の兵士を貰い受けますが、それでも数の上では西ゴート王国の軍が圧倒していました。

ターリクは数で劣っており、弓矢攻撃で西ゴート王国の機先を制する事になります。

ロデリックは大軍を利用して一気に総攻撃で、ウマイヤ朝の軍を押し潰そうとしました。

西ゴート王国の軍は総攻撃を仕掛けますが、アギラ2世ら従わない者も多くおり、ロデリックの軍だけが前に出る事になります。

西ゴート王国の軍の異変に一早く気付いたのがターリクであり、突出したロデリックの軍に総攻撃を仕掛け大打撃を与えました。

さらに、西ゴート王国のロデリックに従わなかった軍にも攻撃を仕掛け、ターリクはグアダレーテ河畔の戦いで完勝する事になります。

ターリクの名を世に知らしめたのが、グアダレーテ河畔の戦いだったと言えるでしょう。

その後のターリク

ターリクがグアダレーテ河畔の戦いで、西ゴート王国に大勝すると上官の北アフリカ総督のムーサもイベリア半島に上陸しました。

ターリクの方では西ゴート王国の首都のトレドを陥落させています。

ムーサはセビージャを本拠地として、ターリクと共にイベリア半島の統一を目指す事になります。

この時のムーサの統治は巧みだったと伝わっています。

しかし、ウマイヤ朝のカリフのワリード1世がムーサとターリクに帰還命令を出しました。

これによりムーサとターリクは首都のダマスクスに戻る事になります。

この時のターリクはイベリア半島の統一が出来ると考えており、帰還命令を聞くと天を仰いだ話があります。

ムーサの子のアブデルアジーズをイベリア半島に残し、ムーサとターリクは帰還しました。

帰還したムーサは罪を問われ僻地に飛ばされますが、ターリクがどの様になったのかは不明です。

しかし、この後にターリクが華々しい活躍を挙げる事もなく、失意の最後を迎えたと考えられています。

ムーサの一派とみなされたターリクは、危険人物としてみなされていたのでしょう。

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