エジプト中王国 古代エジプト

アメンエムハト4世は衰退期のファラオ

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宮下悠史

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名前アメンエムハト4世
時代エジプト中王国
王朝エジプト第12王朝
一族父:アメンエムハト3世? 配偶者:セベクネフェル
子:セベクヘテプ1世?、セネブエフ?
コメント衰退期の王

アメンエムハト4世はエジプト第12王朝のファラオです。

先代のアメンエムハト3世の時代はエジプト中王国は全盛期を迎えていましたが、アメンエムハト4世の時代には衰退期を迎えていました。

アメンエムハト4世の時代になると分かっている事は少なくなり、エジプト第12王朝の滅亡も見えてきたと言えるでしょう。

エジプト王家の近親婚が問題視される事も多いです。

アメンエムハト4世は子に恵まれず、次のファラオには王妃のセベクネフェルが就任しました。

子のセベクヘテプ1世はエジプト第13王朝の開祖とする説があり、血縁関係があるともされていますが、この辺りははっきりとしません。

エジプト第13王朝の2代目ファラオであるセネブエフも息子とする見解があります。

アメンエムハト4世

アメンエムハト3世の後継者になったのが、アメンエムハト4世でした。

アメンエムハト4世は、アメンエムハト3世の子とも孫とも言われており、その系譜についてははっきりしていません。

セベクネフェルが王女となるのですが、アメンエムハト4世とは血縁関係があったと考えられています。

妹だったのではないか?とみる専門家も多いです。

古代エジプトでは外戚が権力を握ることを避けるために、近親婚が繰り返されて来たと言われています。

中国王朝などでは外戚と宦官の対立はよく見られますが、古代エジプトにおいては宦官がいた形跡がないと言われています。

メソポタミアには宦官がいたとされていますが、古代エジプトは隔離された世界であったため、宦官がいなかったとも考えられています。

ダハシュールの南約5キロに位置するマズグーナには、未完成のピラミッドが2基残されています。

その構造や造営技法から、これらはアメンエムハト4世や女王セベクネフェルのために計画されたピラミッドではないかと考えられていますが、確証は得られていません。

それでも、未完成と言うのも、エジプト第12王朝の力が明らかに落ちている様子が伺えるのではないでしょうか。

アメンエムハト4世とセベクネフェル王妃との間には世継ぎが生まれなかったため、アメンエムハト4世の死後にセベクネフェル王妃が女王として君臨しています。

この時点でエジプト第12王朝の滅亡は決まったと言ってもよいのかも知れません。

書記が人気の職業

アメンエムハト4世の時代に限らず、エジプト中王国では書記が人気の職業でした。

書記になれば綺麗な手足のままでいられ、綺麗な服を着て廷臣たちも大事に扱ってくれるのが理由だった様です。

エジプト中王国時代の職人や外で働く仕事であれば、手や足が固くなり弾力性が失われてしまうという事なのでしょう。

書記以外の仕事は「全てみじめ」ともあり、当時の労働環境の過酷さを物語っています。

建物は崩れ去り墓も盗掘されてしまうのに対し、書いたものが立派であれば、書記の名は永遠に残ると考えられたためです。

倍率がどれ位あったのかは不明ですが、書記が人気の職業であった事だけは間違いなさそうです。

先代:アメンエムハト3世アメンエムハト4世次代:セベクネフェル

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