古代オリエント

プドゥヘパは後期青銅器時代のヒッタイトで強い影響力を持った

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宮下悠史

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名前プドゥヘパ
生没年不明
国ヒッタイト
一族父:ベンティプ・シャル 配偶者:ハットゥシリ3世
子:トゥドハリヤ4世
コメント強い権力を持った女性

プドゥヘパはハットゥシリ3世の妻であり、政治や外交に大きく貢献した人物でもあります。

神官のベンティプ・シャルの娘ですが、ハットゥシリ3世の妻となり、夫がヒッタイト王になる事で政治・外交と存在感を示しました。

エジプト第19王朝のラムセス2世に対しては、厳しい事を告げるなど、強い影響力を持ちました。

プドゥヘパは後期青銅器時代の地中海で、最も大きな権力を握った女性の一人として知られることになります。

尚、プドゥヘパの名前はフルリ語系であり、プドゥ(生む)とヘバト(神名)を合わせて出来ています。

プドゥヘパの出自

プドゥヘパはアナトリア東部のキズワトナ国のラワザンティヤの出身だとあります。

父親のベンティプ・シャルはイシュタル神官を務め、イシュタル神に仕える者でした。

こうした中でハットゥシリ3世と知り合い結ばれました。

プドゥヘパは別名として「タマンニ市の娘」「キズワトナ国の娘」とも呼ばれる事になります。

ハットゥシリ3世はプドゥヘパと知り合った頃は、王子でしたが、ムルシリ3世を追放しヒッタイト王に即位しました。

これによりプドゥヘパの人生も大きく変わる事になります。

政治・外交に影響力を発揮

ハットゥシリ3世がヒッタイトの王になった事で、プドゥヘパも大王妃となります。

ヒッタイトの最高神であるアリンナの太陽女神との結びつきも強めています。

プドゥヘパは大王妃として宮中のことだけではなく、政治活動も行っていた事が分かっています。

ヒッタイトはエジプト第19王朝とはカデシュ条約を結んでいますが、ファラオのラムセス2世や王妃のネフェルタリとも直接やり取りしてした書簡も発見されている状態です。

中にはラムセス2世がヒッタイトの力を過小評価しているとして、プドゥヘパが不満を述べる内容も含まれています。

プドゥヘパは政略結婚の調整を行うなどしました。

単独で捺印を行ったり、フラクトゥンに残されたレリーフのプドゥヘパは大きな姿で描かれており、権力の大きさの表れと見ることもできます。

プドゥヘパはアリンナの太陽女神や冥界女神のレルワニへの祈願文も残されていて、歴史及び宗教において重要な資料となっています。

夫のハットゥシリ3世の死後も息子で、後継者のトゥドハリヤ4世の治世においても、シャフルヌワへの土地賦与文書にも関わっており、政治的な役目は大きかったとみられています。

尚、プドゥヘパの最期は不明ですが、一説によると90歳くらいまで生きたとする説があります。

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