
| 名前 | 斯盧国(しろこく) |
| 登場 | 魏志韓伝など |
| 所属 | 辰韓 |
| コメント | 新羅のベースになった国だと考えられている。 |
斯盧国は辰韓の中にあった一国です。
三国史記では初代新羅王の赫居世の出身地でもあり、斯盧国が拡大し新羅になったとも考えられています。
斯盧国は六村から始まり、最終的には朝鮮半島を統一した事になります。
ただし、3世紀の段階では魏志韓伝に名前は登場しますが、名前だけの存在であり80近くある韓族の勢力の一つに過ぎなかったとみられています。
それでも、五世紀末には発展していき、斯盧国は新羅となり朝鮮半島を統一する事になります。
三世紀の斯盧国
三国志の魏志韓伝によれば、韓族は馬韓、辰韓、弁韓に分かれていたと言います。
馬韓は50以上の国があった事が記録されていますが、辰韓と弁韓は、それぞれが12カ国だったとあります。
魏志韓伝には、次に辰韓と弁韓の国名が記録されていますが、最後から2番目に名前だけが紹介されているのが、斯盧国です。
因みに、魏志韓伝の最後に記録されているのは、優由国となっています。
斯盧国の位置は現在の慶州盆地の一帯にあったとみられています。
ただし、3世紀の段階では韓族の中で力を持っていたのは、臣雲新国、安邪国、臣濆活国、狗邪国、月支国であり、新羅を形成する斯盧国も馬韓を形成する伯済国も目立った様な存在ではなかったと考えられています。
斯盧国の六村
三国史記には、辰韓の六村があり、次の村を紹介しています。
| 閼川楊山村 | 突山高墟村 | 觜山珍支村 |
| 茂山大樹村 | 金山加利村 | 明活山高耶村 |
村名に「山」や「川」がついていますが、これらは地名だと考えられています。
三国史記の記述からは辰韓の六部の中の高墟村から、赫居世が誕生し新羅を建国する事になっています。
辰韓の六村は全て斯盧国の中にあったと考えられています。
梁書の新羅伝に新羅では一般的に城の事を健牟羅(ケンムラ)と呼ぶとあります。
その邑の中で中にあるものを啄評(タクヒョウ)と呼び、外にあるのを邑勒と呼ぶと言います。
梁書では、これらは中国の郡県の様なもので、新羅は六つの啄評と五十二の邑勒があると記録しました。
新羅には啄評と邑勒に分けた区画があった事になるでしょう。
六啄評は斯盧国の六村が転化したとみる事が出来ます。
辰韓の六村というのは、斯盧国を形成する六村だったのでしょう。
斯盧国が新羅とも呼ばれる様になり、勢力を拡大していくのは五世紀末頃からだったと考えられています。