キングダム

尾到は仲間たちの思いを信に託して亡くなった

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宮下悠史

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名前尾到(びとう)
登場キングダム
所属飛信隊(第十三伍長)
尾平
恋人友里
コメント尾兄弟の弟
画像キングダム

尾到は漫画キングダムに登場する人物であり、尾平の弟となります。

尾到は信と同じ城戸村の出身であり、友里という恋人がいます。

蛇甘平原の戦いでは信と共に澤圭の伍に入りました。

初陣では焦る描写も多かったわけですが、馬陽の戦いでは信に熱い言葉を掛けるなど成長も見られました。

自身も重傷を負いながらも、龐煖により戦闘不能になった信を背負い、何とか逃げようと努力しています。

しかし、信は助かりましたが、尾到は命を落としました。

キングダムの主要人物の中で最初の犠牲者になったのが、尾到だと言えます。

それと同時に尾到がこんなに早く亡くなるとは思わず、驚いた人も多いのではないでしょうか。

後に尾平と東美に子共が出来ますが、名前を「到」としました。

つまり、尾平と東美の子の名前も尾到になったと言えるでしょう。

尚、尾到が死亡したのはキングダム14巻・第147話「尾兄弟」です。

映画キングダムでは三浦貴大さんが尾到役となっています。

蛇甘平原の戦い

尾到の初登場

尾到の初登場は蛇甘平原の戦いの時です。

信は戦場に行く為に徒歩で歩いていましたが、ここで尾兄弟と会いました。

尾平と尾到の二人で尾兄弟です。

尾平と尾到は兄弟ですが、身長が高くて落ち着いた感じがするのが尾到となります。

キングダムの物語では尾到は初登場ですが、設定では信と尾平、尾到は城戸村の出身であり、顔見知りだった事が分かるはずです。

兄の尾平に比べると、尾到は何処か落ち着いた雰囲気があります。

久しぶりに信に会った時も信の身長が伸びた事を聞いたり「別人みたいだ」とも述べており、何か感じるものがあったのでしょう。

伍を組む

五人一組で伍を組む事になりますが、尾到のガタイの良さを買われ最初は信とは別の伍に入りました。

しかし、馬兄弟がいた事で、伍から離れ新たに澤圭の伍に入る事になります。

澤圭の伍に信と羌瘣も入りました。

戦場に向かいますが、ここで尾到は口数が少なくなり「こんだけの人数が殺し合いしたら どんな光景になるのかなって・・」と口にしています。

尾到は戦いを舐めているわけではなく、想像力も豊だったのでしょう。

それ故に、プレッシャーもあったはずです。

ビビりながらの戦い

澤圭の伍は千人将の縛虎申の部隊に配属されました。

縛虎申は非常に厳しい人物であり、尾到は「次があの怖い千人将」だっ」と述べ、嫌がりますが縛虎申隊に配属されてしまったわけです。

縛虎申の号令により徒歩で攻撃に移りますが、初陣であり戦車に蹴散らされるなど尾到は驚きの連続でした。

信の奮戦もありの総大将である麃公は、騎馬隊に突撃を命令しています。

縛虎申が丘の上にいる宮元の軍に攻撃命令を出し、信や尾到らも従う事になります。

徒歩で走る尾討は負傷する場面もありましたが、とにかく走り続けました。

魏の大軍を通り抜けると縛虎申は厳しい命令も出しますが、10倍の恩賞を約束し、それを聞いた尾到は兄の尾平に「兄貴 俺達 村の英雄になれるかもだぜ」とやる気を出しました。

縛虎申は宮元を討ち取りますが、黄離弦の矢で重傷を負っており、息を引き取ります。

王騎が現れるなどしますが、蛇甘平原の戦い呉慶が麃公に討たれ幕を閉じました。

信や尾平、尾到らは勝利に酔いしれますが、尾到は異変に気付き「もともと この戦争って魏の滎陽を攻めるはずじゃ・・」と呟いています。

尾到は秦には無傷の軍も残っており戦いの継続も予測しますが、麃公は撤退命令を出しました。

蛇甘平原の戦いで尾討は信を高く評価する様になります。

馬陽の戦い

尾到と友里

城戸村で徴兵があり、尾到は尾平と共に戦場に行く事になります。

尾到には恋人の友里がおり、キスをされてから村を出ました。

兄の尾平には東美がいましたが、二人の関係は恋人になっておらず、尾到の方がリードしていたと言えるでしょう。

この時点で誰もが尾到が馬陽の戦いで、命を落とすとは思ってもみなかったはずです。

第十三伍長

との戦である馬陽の戦いが勃発する事になり、信は百人将に出世していました。

ここで尾到は第十三伍長となります。

信は王騎から飛信隊の名を授けられており、尾到は飛信隊の最古参の一人となったわけです。

ただし、尾到は飛信隊の第十三伍長であり、「13」という数字はキリスト教において非常に縁起が悪いとする数字です。

キングダム作者の原泰久先生は狙ったのかは分かりませんが、尾到の最後を予告した尾到の第十三伍長になるのかも知れません。

尾到と信

夜、尾到が立ちションをしていると信を見つけました。

尾到は信に話しかけ「里典の下僕でしかなかったお前が、村の面々を率いるのは凄い事だ」と信を認める発言をしています。

尾到は信の出世を心から喜んでおり、信の活躍を認めていたわけです。

尾到は「はりきりすぎて 無茶だけは勘弁しろよ」とも述べています。

しかし、その表情は落ち着いており、蛇甘平原の戦いの前の様な焦りの様なものはなかったと言えるでしょう。

成長したのは信だけではなく、死線を乗り越えた尾到も成長していました。

熱い性格

馬陽の戦いが勃発しますが、飛信隊はの将軍の一人である馮忌を討つ様に命じられていました。

飛信隊は馮忌の本陣を横から攻撃し、潜り抜けようとしますが、この中には当然ながら尾到もいたわけです。

信たちは馮忌の本陣の前まで行きますが、馮忌が退却した事で絶望感が出ました。

しかし、の干央、壁らが馮忌の本隊を攻撃し始めました。

ここで尾到は信に歩兵(俺達)の足に合わせるな 全軍で趙将軍の首を取りに行け!」と叫びました。

中々決断が出来ない信に対し「大将首は お前が取るんだ 信」とも激励しています。

尾到の魅力の一つは時には熱くなれる性格にあるとも感じました。

ここで田永は「大将首は俺がもらう」と告げており、田永に比べると尾到は信の力を信じており、大将を立てたい気持ちが強かったのでしょう。

信は恩賞を百等分する約束をして、羌瘣と共に馬に乗り馮忌の首を目指しました。

馮忌は信が討ち取っています。

和やかな飛信隊

蒙武の突撃力は凄まじく、王騎は直属の部下である録嗚未、同金らを蒙武に与えました。

蒙武の突撃はありましたが、軍を指揮する趙荘は軍を後退させています。

夜になると飛信隊では尾平が東美と結婚すると述べ、尾到は女を待たせていると慶に告げられており、飛信隊では和やかな雰囲気となりました。

ここに突如として龐煖が現れる事になります。

信を背負って逃げる

龐煖が一人で現れ虐殺を始め、飛信隊の山和は一撃で命を落としました。

尾平は恐怖で動けなくなりますが、信が助けに現れたわけです。

龐煖は信、羌瘣、干央らと戦いますが、圧倒的な強さを見せました。

しかし、万極が龐煖の援軍として現れるなどしています。

信、羌瘣が龐煖により戦闘不能になりますが、ここで盾を持ち信を尾到、尾平、澤圭が必死に守りました。

飛信隊は龐煖に勝てないと判断し退却する事になります。

この時に、気絶している信を背負って逃げたのが尾到です。

尾平との別れ

尾到は信を背負い尾平、慶らと逃亡する事になります。

万極の軍が沛浪たちを追い詰めますが、沛浪は機転を利かせて飛信隊の生き残りのメンバーを散らせて逃げました。

これにより尾到や尾平は逃げる好機を得る事になります。

しかし、この時に尾到は腹部に矢を受け重傷の状態で信を背負っていたわけです。

尾平は驚きますが「頑張ろう兄貴 いつもの信みたいに」と自分に言い聞かせる様な言葉を吐きました。

尾到の出血量は凄まじく「致死量」にまで達しており、の万極の軍に気付かれてしまいます。

尾平の方も動けなくなり、尾平は尾到に信を託しました。

これが尾到と尾平の今生の別れとなります。

尾到の最後

尾到は信を背負い歩き続けますが、口から血を吐き腹部に刺さった矢が骨をすり抜け内臓にまで達していたわけです。

しかし、尾到は「城戸村の男は頑丈が売りだ」と述べ自分を励まし前に進みました。

この後に回想シーンが入り尾兄弟とや信が城戸村であった時の話が入ります。

尾到と信は仰向けで寝ていましたが、信が目を覚ましました。

信は龐煖がどうなったのかを聞きますが、尾到は楽しい話がしたいと述べ、話を遮っています。

尾到は横になった状態で信と様々な話をし「信は本当に将軍になれる」と述べ「お前の友達で本当によかった」とも告げました。

尾到は「大勢の仲間の思いを乗せて天下の大将軍に かけ上がるんだ」と述べ、尾到は死んだようなふりをします。

しかし、尾到は生きており、友里と恋人の名前を口にし、寝る事になりました。

信が目を覚ますと尾到は亡くなっていたわけです。

羌瘣は田有が守り、中鉄が尾平を回収しましたが、信が尾到を背負って現れますが、尾到は亡くなっており飛信隊は涙を流しました。

兄の尾平は尾到の死に大量の涙を流し、後に恋人の友里は泣き崩れています。

尚、尾平と東美は後に結婚し子供が生まれると、子供の名前を「到」としました。

明らかに尾到の名前から取ったのであり、二人の心の中には尾到がいつもいたのでしょう。

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