
| 名前 | 廉頗四天王 |
| 登場 | キングダム |
| 主君 | 廉頗 |
| コメント | 廉頗配下の4人の将軍 |
廉頗四天王は漫画キングダムにおける廉頗配下の介子坊、姜燕、玄峰、輪虎の将軍を指します。
残念に思うかも知れませんが、廉頗四天王は全員が架空の人物であり、実在した人物はいません。
キングダムの物語の設定では、廉頗四天王は廉頗と共に戦歴を重ねて来た猛者中の猛者という事になっています。
廉頗四天王は山陽の戦いでは、魏の各軍を統括指揮する事になりました。
山陽の戦いでは廉頗と四天王が如何に固い絆で、結ばれているのかも分かる話となっています。
今回は廉頗四天王の介子坊、姜燕、玄峰、輪虎を簡単ではありますが、解説&評価します。
それぞれの人物の詳細に関しては、個別の人物として記事を書いてあるので、確認してみてください。
介子坊が四天王筆頭

介子坊が廉頗四天王の筆頭だという事は間違いないです。
作中で蒙恬が「四天王筆頭の介子坊は これまで単独でも百勝はあげてる豪傑」と評価しました。
山陽の戦いで介子坊は桓騎に対して苦戦しており、介子坊の陣に現れた玄峰が「四天王筆頭」と呼んでおり、介子坊が四天王筆頭だという認識は共通のものとなっていたのでしょう。
純粋な武力で言えば輪虎よりも、介子坊の方が上を行く可能性もあるのではないでしょうか。
介子坊は秦の桓騎を相手に苦戦していますが、実際の桓騎は実在の人物であり、名将と言ってもよく相手が悪すぎたと感じました。
尚、介子坊は姜燕と共に、廉頗四天王の生き残りとなります。
姜燕は中華十弓の一人

廉頗四天王のビジュアル担当とも言えるのが、姜燕となります。
蒙恬によると姜燕は過去には、廉頗と五分に渡り合った小国の勇だとあります。
廉頗自身も姜燕の弓には手を焼いたと述べており、弓の実力はかなりのものだと言えます。
しかし、王翦が相手になった時には、一つ上を行かれた印象が強いです。
王翦は史実だと廉頗、李牧、白起と並ぶ春秋戦国時代を代表する名称であり、史記には列伝(白起王翦列伝)が立てられています。
介子坊の所では相手が桓騎であり、相手が悪すぎたと言いましたが、王翦は歴史的な名将であり、桓騎以上に相手が悪いと言えるでしょう。
さらに言えば、姜燕は中華十弓の一人ではありますが、中華十弓の最強クラスである青華雲に比べると、秦軍に驚異にはならなかったと感じました。
尚、姜燕は山陽の戦い後も生き残りました。
余談ですが、春秋時代の斉は伝説的な軍師である太公望の子孫の国とも言われており、「姜姓」の国でもありました。
これらを考慮すると、姜燕のビジュアルも含めて家柄をよく見せたい狙いがあり、姜姓の人物にしたのかも知れません。
玄峰は廉頗四天王の長老

玄峰は個人的な武勇で言えば、廉頗四天王の中でも最弱でしょう。
それでも、策を得意としています。
蒙恬の言うには「玄峰は長年に渡り廉頗の参謀を務め、趙軍全体の総司令を頼まれる程の軍才だったらしい」と述べるシーンがあります。
「趙軍全体の総司令だった」ではなく「趙軍全体の総司令を頼まれる程の軍才だったらしい」となってしまうのが、玄峰らしいとも感じました。
それでも、廉頗四天王の介子坊、姜燕、輪虎は「玄峰様」と呼んでおり、敬われる存在でもあります。
輪虎に軍略を教え込んだのも、玄峰です。
山陽の戦いでの玄峰は煙を使った策までは調子が良かったのですが、桓騎に簡単に討たれており、廉頗四天王の中で最初の犠牲者となりました。
輪虎は四天王で最も危険な人物

輪虎は山陽の戦いで戦死してしまいましたが、廉頗四天王の中で最も活躍した人物ではないでしょうか。
廉頗四天王の筆頭が介子坊ではなく、輪虎でもよいのではないか?とも思った程です。
蒙恬は輪虎を「四天王の中で最も危険なのは輪虎」とも述べました。
廉頗の大戦では輪虎が、決定的な仕事をするとも告げています。
実際に輪虎は暗殺も得意としており、山陽の戦いの前に「郭備」や「羅元」を暗殺しました。
輪虎の突破力は凄まじく蒙恬は「王騎将軍も本陣に突入され一太刀浴びせられている」と話しています。
山陽の戦いでの輪虎は王賁を追い詰め栄備を討ち取るなどしていますが、最終的には信に討ち取られました。
それでも、輪虎の活躍は大きかったと言えるでしょう。
山陽の戦いでの廉頗四天王のMVPは誰かと問われれば、生き残った介子坊や姜燕ではなく、輪虎だと言っても過言ではないでしょう。