
セベクネフェルはエジプト中王国時代の女性ファラオです。
エジプト第12王朝の最後を飾るファラオでもあります。
夫のアメンエムハト4世が亡くなると、王妃でありながらファラオとなりました。
セベクネフェルという名前の由来は「セベク神の美しさ」です。
アメンエムハト4世の子がエジプト第13王朝のセベクヘテプ1世やセネブエフだとする説もありますが、この辺りははっきりとしません。
それと同時に、エジプト第12王朝の王家の血筋を引く者は、セベクネフェルだけになっていたともされています。
セベクネフェルだけが生き残っており、セベクネフェルが亡くなった時点で、エジプト第12王朝は滅亡したとする見解も強いです。
セベクネフェルは初の女性ファラオ
セベクネフェルが女王として即位した時には、王族の中で彼女だけが生き残っていたとも伝えられています。
古代エジプトでは、ハーレムで後継者を生むことができない女性をファラオに据えるのは極めて異例でした。
第一王朝のメルネイトのように、幼い王に代わって統治を担った女性は存在するものの、正式にファラオとして即位したのはセベクネフェルが最初ではないか、と考える研究者もいます。
セベクネフェル王妃については不明な点が多いが、彼女の頭部が欠損した彫像がルーブル美術館に所蔵されています。
伝えられるところによれば、セベクネフェルは女性用の衣服の上にファラオが着用する腰布を重ね、さらにネメス頭巾を被ることで、ファラオとしての権威を示すために男装していたといいます。
それに加えて、女性的な仕草なども捨てたそうです。
エジプト新王国時代のハトシェプスト女王は、セベクネフェルから何かしらの影響を受けたのではないかと考えられています。
男性の後継者がいない以上、セベクネフェルが王朝を守るしかありませんでした。
セベクネフェルの姉であるネフェルプタハが亡くなると、第12王朝の王家が自分一人になってしまったと伝わっています。
尚、セベクネフェルの執事長のヘテプイブラー・アアムサホルネジュヘルアンテフがヒクソスだったとする説もあり、既にヒクソスの影が忍び寄っている感じがしないでもありません。
セベクネフェルには「スゲとミツバチの女」「二国の女主人」「太陽神ラーの娘」などの称号があります。
しかし、セベクネフェルの治世は安泰ではなく、ナイル川の水位低下により大飢饉が発生しました。
セベクネフェルが最後の王族になっていた事で、国内は王朝交代の話で持ち切りだったとも伝わっています。
エジプト第12王朝の滅亡
セベクネフェル女王の治世は、トリノ王名表によると3年10カ月と24日で突然終わりを迎え、これによりエジプト第12王朝は終焉しました。
セベクネフェルの死因については明らかになっていません。
エジプト第12王朝は紀元前1991年から紀元前1782年頃まで続いたとされ、約200年間を8人のファラオが治めたことになります。
時代が古すぎて記録の信頼性には限界があるものの、伝わる系譜を見るかぎり、この王朝には非常に長命なファラオが多かったことが特徴として挙げられます。
エジプト第12王朝はセベクネフェル女王の死により終わることになりますが、第12王朝と第13王朝の関係については分かっておらず、第13王朝に変わった理由は未だ不明のままです。
セベクネフェルで第12王朝の男系が途切れたのは確実だと思われますが、第13王朝がどのような勢力であったのかも、分かっていません。
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