エジプト中王国 古代エジプト

エジプト第13王朝と混乱の始まり

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宮下悠史

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名前エジプト第13王朝
時代エジプト中王国or第二中間期
コメント混乱の時代でもあり分かっている事が少ない。

エジプト第13王朝は、しばしば中王国ではなく第二中間期に分類されることがあります。

というのも、この時代は政治的混乱が続き、王が短期間で次々と交代したためです。

王名表にも混乱が見られ、どの様な王が統治していたのか、正確な部分は分かりません。

エジプト史で「中間期」と呼ばれる時代は、中央権力が弱まり、不安定化するのが特徴で、第13王朝もその典型例とみなされています。

ウィキペディアなどでも、エジプト第13王朝は第二中間期に分類されています。

エジプト第13王朝の開祖はアメンエムハト4世の子のセベクヘテプ1世やセネブエフとする説もありますが、何処まで本当なのかは分からない状態です。

エジプト第12王朝の王家は最後のファラオであるセベクネフェルを以て、血筋は途絶えたともされており、分からない事だらけだと言えるでしょう。

それでも、ここでは引き続き第13王朝についての解説を進めていきたいと思います。

頻繁に変わるファラオ

エジプト第12王朝は長命なファラオが多かったのですが、第13王朝では短命な王が次々とファラオとなっては消えていきました。

しかし、頻繁にファラオが変わっても、王朝がすぐに途切れる事はありませんでした。

エジプト第13王朝は第12王朝に続きイチタウイを首都とし、第12王朝から続く強固な官僚組織を持っていました。

宰相を筆頭に高度な官僚機構があった事で、王が何度も変わったにも関わらず、国は崩壊しなかったと伝わっています。

エジプト第13王朝の支配領域も12王朝と同じで、南はヌビアの第2カタラクトあたりまであったようです。

第13王朝については、トリノ王名表に16人の王の名が記録されています。

王朝の存続期間はおよそ120〜150年と推定されますが、第12王朝と比べると王の交代が極めて頻繁であったことが分かります。

また、第13王朝のファラオは人数が多いにもかかわらず、相互の血縁関係を示す記録がほとんど残っていません。

そのため、この王朝が単一の王家によって構成されていたのかどうかさえ不明となっています。

何人かの王は官僚出身であったという記録も存在します。

ただし、初代をウガエフ(セベクヘテプ1世と同一人物?)、二代目がアメニアンテフ2世とエジプト第13王朝は、10名の王で回された話もあり、王権は安定していたとする見解もあります。

こちらの王名表では三代目がホルとなっており、この時代にアメンエムハト3世の墓の修復も行っており、血族だったのではないかとする説もあります。

混乱するエジプト第13王朝

第13王朝は初代ウエガフ王、2代セベクヘテプ2世と続きますが、3代イケルネフェルト・ネフェルヘテプ王以降になると、ナイル川の水位記録が途絶えてしまいます(古代エジプト全史)。

ナイルの水位はエジプト国家の存続に直結する最重要データであり、その記録が残されなくなったことから、この時期に政治的混乱が生じていた可能性が指摘されています。

また、第13王朝のアウイブラー・ホル王の彫像が納められていた王墓が未盗掘の状態で発見され、大きな話題となりました。

未盗掘の王墓は極めて珍しく、この時代の王権の実態を知る上で貴重な資料となっています。

混乱が続いた第13王朝でしたが、セベクヘテプ3世の時代から比較的安定し、セベクヘテプ3世は上エジプトからナイルデルタまで各所に碑文を残しています。

セベクヘテプ3世の統治はおよそ5年ほどと伝えられているが、第13王朝の中では比較的安定した時期であり、この王朝における“黄金期”の始まりとみなされることが多いです。

もっとも、その「黄金期」といっても、政治がようやく落ち着いた程度のものでした。

続くネフェルヘテプ1世の治世にはさらに活気が見られ、シリアの重要拠点であるビブロスの王としても認知されていたことが記録からうかがえます。

ビブロスはレバノン山脈西側の、フェニキア人が多く居住していた地域です。

ネフェルヘテプ1世はヌビアの第1カタラクトにも碑文を残しており、各地に影響力があったと見る事が出来ます。

しかし、その一方でネフェルヘテプ1世はエジプト全土を支配していたわけではなかったとする指摘もあります。

全国政権では無くなる

ネフェルヘテプ1世の治世では、下エジプトのナイルデルタの東部アヴァリスで独立勢力が統治を始めていました。

さらに、二代後の君主であるセベクヘテブ4世の治世ではヌビアで反乱が起こり、領土の一部はヌビアで勢力を伸長させていたケルマを中心とするクシュ王国の支配下になっていました。

エジプト第13王朝はメルネフェルラー・アイを最後に終焉を迎える事になります。

これが中王国時代の終わりであり、ここからを第二中間期と分類する研究者も多いです。

エジプト第13王朝が終わると、エジプト第14王朝が始まりました。

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