
| 名前 | ビブロス(ゲバル) |
| コメント | フェニキア人の伝統的な古代都市 |
ビブロスは現在のレバノンに存在したフェニキア人の都市です。
フェニキア人の都市の中ではティルスやシドンも有名ですが、最も古くから栄えていたのがビブロスとなります。
ビブロスはパピルスや聖書(バイブル)の語源にもなっており、フェニキア人諸都市の中でも歴史ある都市だと言えるでしょう。
エジプトとの交易でビブロスは栄えますが、ウェンアメン航海記ではエジプトの使者であるウェンアメンを冷たくあしらうビブロス王ザカル・バアルの姿が記録されています。
尚、ビブロスはゲバルとも呼ばれており、現在はジュベイルとなっています。
最初に栄えた都市:ビブロス(ゲバル)
フェニキア都市の中で最初に大きく発展したのはビブロスでした。
聖書では「ゲバル」と呼ばれています。
ビブロスはパピルスの交易で重要な役割を果たし、エーゲ海世界へパピルスを運ぶ中継地となっていました。
そのため、ギリシア人はこの都市をパピルスにちなんで「ビブロス」と呼ぶようになり、そこからギリシア語で書物を意味する「ビブリオン」、さらに「ビブリア」、そして「バイブル(聖書)」という語が生まれたと考えられています。
つまり、「パピルス → ビブロス → ビブリア → バイブル」という語の連鎖が生まれ、パピルスの交易が、後の「聖書」という言葉の語源にまで影響を与えたことになります。
ビブロスはレバノン杉の交易でも知られています。
レバノン杉は現在のレバノンの国旗にも描かれているほど象徴的な樹木ですが、古代エジプトにとっては非常に重要な資源でした。
ナイル川の氾濫によって食料は豊富に得られたものの、エジプトには太い木材が採れる森林がほとんどなかったため、レバノン杉は建築や造船に欠かせない貴重な輸入品だったのです。
ビブロスは紀元前3千年紀から存在が確認されており、エジプト古王国との交易関係も非常に古い時代から続いていました。
ただし、この頃の住民はまだ「フェニキア人」と呼ばれておらず、カナン人として認識されていたと考えられています。
ビブロスとヒクソス
紀元前2200年頃、気候変動が起きたのか、アッカド帝国が崩壊し、エジプト古王国も混乱に陥って第一中間期へと移行しました。
オリエント世界全体が不安定になったこの時代にあっても、ビブロスは崩壊することなく存続し続けたと考えられています。
これは、ビブロスが古くから交易都市としての基盤を持ち、政治的混乱に左右されにくい経済構造を備えていたためだと推測されています。
混乱の時代が終わり、エジプト中王国が衰退すると、ナイルデルタにはヒクソスが進出し、エジプト第15王朝を建てました。
ヒクソスはエジプト人ではなく、レヴァント方面から来たと考えられており、カナン人であった可能性が高いとされています。
そうなると、フェニキア人とヒクソスは同じカナン系の人々であった可能性も出てきます。
実際、ビブロスとヒクソスは積極的に交易を行っていたことが分かっており、文化的にも地理的にも近い関係にあったと考えられます。
エジプトとの関係とフェニキア人都市の発展
ヒクソスの時代である第二中間期が終わると、エジプト第18王朝が興り、エジプトは再び強大な国家として復活しました。
トトメス3世の時代になると、彼はビブロスに対してレバノン杉や鉱物を大量に供給するよう求め、さらに税を受け取る代わりに外敵からビブロスを守ると申し出ました。
こうしてビブロスはエジプトの保護下に入り、両者の関係はより密接なものとなりました。
トトメス3世は「エジプトのナポレオン」とも呼ばれ、西アジア遠征を繰り返し、レヴァント地方を支配下に置いたとされています。
エジプト新王国が西アジア遠征を行った理由は、エジプト本土を守るための緩衝地帯を確保するためであり、同時にレヴァント地方を支配することで交易の利益を得る狙いもありました。
銅の産地として知られるキプロス島はもちろん、ビブロス周辺でも銅が採れたことが分かっており、エジプトとの交易は盛んでした。
また、錫をアフガニスタンから輸入し、青銅の材料としてエジプトに供給していたとも考えられています。
ただし、この時代のオリエント世界で最大の交易都市は、ビブロスの北に位置するウガリトでした。
ウガリトは海上交易と陸上交易の両方で繁栄し、非常に豊かな都市だったようです。
それでも、エジプト文明の勢力がレヴァントに及ぶにつれ、ビブロスとエジプトの間に位置するティルスやシドンといったフェニキア人の都市も発展していきました。
後の時代には、ビブロスよりもティルスやシドンの方が大きな影響力を持つようになります。
ビブロスとウェンアメン航海記
エジプト新王国は弱体化に伴い、レヴァント地方から撤退していきました。
こうした中で、エジプト第21王朝の使者ウェンアメンがビブロスを訪れた記録が残っています。
ウェンアメン航海記によれば、エジプトでは物資が不足し、レバノン杉をはじめとする資源を求めてビブロス王ザカル・バアルに交渉を試みましたが、エジプト側が代価を提示できなかったことや、派遣者がファラオではなくアメン大司祭ヘリホルであったことなどが理由で、交渉は難航したようです。
ウェンアメンはさまざまな困難を経てビブロスに到着したものの、王に会うまで1か月待たされたことも記されています。
これはエジプト新王国末期の状況を象徴する出来事であり、この後エジプトは第3中間期へと移行していきます。
ビブロスはフェニキア人の伝統的な都市として長く続く事になります。