
| 名前 | イッディンダガン |
| 生没年 | 不明 |
| 時代 | メソポタミア文明 |
| 国 | イシン第一王朝 |
| コメント | イシン第一王朝の全盛期の王 |
イッディンダガンはイシン第一王朝の全盛期の君主です。
この時代には、まだラルサも独立しておらず、イシン第一王朝が南メソポタミアでは最大勢力でした。
東のエラムとは婚姻を結び東方戦線を安定させたりもしています。
この時代のイシン第一王朝は強く国力も安定していました。
イッディンダガンの時代の聖婚儀礼の様子も詳細に描かれたものが発見されており、話題になりました。
イッディンダガンの平和戦略
イッディンダガンの時代はラルサが静かに実力を蓄える一方、中央のイシン第一王朝は全盛期に達していました。
イッディンダガン王は即位後、東方の宿敵であるエラム王国との間で、速やかに国際的な婚姻関係(政略結婚)を結ぶという大英断をくだします。
これは「ウルを破壊した宿敵エラムと手を結ぶなど、国内からの批判や反発を招いたのではないか」と考えてしまいがちです。
しかし、この婚姻外交はイシン第一王朝にとって極めて合理的な平和戦略でした。
当時のイシンは、全盛期とはいえ、国内の不満や潜在的なライバル(ラルサなど)を抑え込みつつ、破壊されたウルやニップルなどの聖地・都市を大々的に再建・復興するという巨大な国家プロジェクトを抱えていました。
もしこの状況で東方のエラムとの全面戦争が再発すれば、国家の財政とリソースは完全に破綻してしまいます。
イッディンダガン王は、エラムとの政略結婚によって東方国境の安全を担保することで、前線への軍事コストをゼロにし、その分のリソースをすべて国内の聖地再建や、権威を高めるための「新年祭(聖婚儀礼)」の編纂へと集中させることに成功したのです。
全盛期を迎えていたイシン第一王朝の3代目イッディンダガン王は、東方の強国エラムとの婚姻外交によって国境の安全を確保したうえで、国内に向けて強烈な「宗教的・文化的正統性」の確立へと乗り出しました。
彼は自ら、崩壊したウル第三王朝の正当なる後継者としての立場を明確にするため、自身の娘であるエンアナトゥマをウルの守護神「ナンナ(月神)」の最高女祭司(神官)として任命し、破壊されたニップルやウルなどの重要聖地の再建・修復に精力的に動いたのです。
聖婚儀礼と王権イデオロギー
さらにイッディンダガン王の偉大な治績として挙げられるのが、彼が編纂を命じたとされる「ニンイシナ女神への賛歌」の存在です。
この賛歌には、当時の新年祭において、王が神の代理人として女神と交わる「聖婚儀礼」の様子が極めて詳細に記録されています。
古代メソポタミアにおいて、新年祭の聖婚儀礼を主催することは、「王は大地の豊穣を約束された、神に選ばれし唯一の正当な統治者である」という事実を民衆に知らしめる、最高峰のプロパガンダでした。
イッディンダガン王は、国力が充実しているからこそ、この国家儀礼を行うことでイシン王朝の支配を盤石にしたのです。
イッディンダガン王の治世が終わると、実子のイシュメダガンが第4代君主として即位する事になります。