
アメンエムハト2世はエジプト中王国時代のファラオです。
エジプト第12王朝では3番目のファラオとなります。
センウセレト1世の晩年に共同統治となり、ファラオとなっています。
アメンエムハト2世は記録は少ないですが、レバント地方(西アジア)に遠征したり、交易を行った記録があります。
エジプト中王国時代の白いピラミッドを建造したのが、アメンエムハト2世です。
アメンエムハト2世の治世
センウセレト1世が治世35年で亡くなると、息子のアメンエムハト2世がエジプト第12王朝第3代ファラオとなります。
アメンエムハト2世もセンウセレト1世の生前から共同統治の指名を受けており、そのままファラオになったと伝わっています。
アメンエムハト2世の治世は、記録がほとんど残っておらず、建築活動などもあまり活発ではなかったと考えられています。
しかし、メンフィスで出土した年代記の碑文によると、アメンエムハト2世は西アジアに積極的に侵攻していたとされます。
アメンエムハト2世は少なくともパレスチナにある二都市を攻撃した事が分かっています。
戦争捕虜になった者は、エジプトに連行されピラミッド建設に従事しました。
アメンエムハト2世は首都のイチタウイではなく、古王国時代からの墓地であったダハシュールにピラミッドを造営しました。
ダハシュールに造営したのが、白いピラミッドと呼ばれる様になりますが、後述する事にします。
アメンエムハト2世が建設したピラミッドの周りから2人の王女の墓が見つかっています。
この墓は未盗掘であり、装飾品と共に遺体も発見されました。
アメンエムハト2世の時代には地中海交易も盛んに行われていた事が分かっています。
エジプト中王国も繁栄の時代に入ったことが分かります。
アメンエムハト2世のピラミッド
先にアメンエムハト2世はダハシュールにピラミッドを建造したと言いました。
アメンエムハト2世の建設したピラミッドは白いピラミッドとも呼ばれています。
白いピラミッドと言うと、かなり精悍なイメージがしますが、エジプト中王国時代のピラミッドは、古王国時代のピラミッドと比べると、かなり雑な状態となっています。
ダハシュールには屈折ピラミッドがありますが、このピラミッドの東側にアメンエムハト2世が建設した白いピラミッドがあると言えるでしょう。