
| 名前 | センウセレト2世 |
| 時代 | エジプト中王国 |
| 王朝 | エジプト第12王朝 |
| 一族 | 父:アメンエムハト2世 |
| 配偶者:クネメトネフェルヘジェト1世、ネフェルト | |
| 子:センウセレト3世、サート・ハトホル | |
| コメント | ファイユーム地方の干拓を積極的に行った。 |
センウセレト2世はエジプト新王国時代のファラオです。
エジプト第12王朝の四代目ファラオとなります。
センウセレト2世は外征を控え内政を重視しました。
ファイユーム地方の干拓に力を入れ、エジプト第12王朝の国力増強に努めています。
センウセレト2世の建設したピラミッドは、入り口が今までのピラミッドと違っており、発見するのに何か月も掛かった話が残っています。
センウセレト2世の時代
アメンエムハト2世が亡くなると、センウセレト2世の時代となります。
センウセレト2世はファラオであっても地方豪族の収入源である農地を直接奪うことができず、王権強化のために外征を控え、干拓によって新たな農地を開発する方針を取りました。
ファイユーム地方を穀倉地帯にするべく、開拓に取り組みました。
その一環として、内陸湖カルーンをナイル川と結ぶため、現在バハル・ユーセフとして知られる運河の整備が進められました。
この大規模事業はセンウセレト2世の治世中には完成せず、第6代ファラオであるアメンエムハト3世の時代に完成を迎えたと言われています。
現在に至るまでファイユームがエジプトで有数の穀倉地帯になっている事を考えれば、センウセレト2世は偉大なるファラオであったと言えます。
センウセレト2世とピラミッド
センウセレト2世のピラミッドは入り口が今までの様に、壁に作られず、地面に造られました。
こうした事情もあり、最初はピラミッドの入り口が中々発見出来ず、数カ月を要した話が残っています。
センウセレト2世は日干し煉瓦製のピラミッドをファイユーム地方のアル=ラフーンに建設していますが、ギザの三大ピラミッドと比べるとやはり見劣りしてしまうという印象です。
盗掘されたピラミッドからは足の骨とウラエウスが見つかっています。
尚、センウセレト2世のピラミッドを東に1キロほど行くと、ピラミッドを建造する為に職人の街があった事も分かっています。
街からは医学、獣医学、法律のパピルスが発見されており、注目を集めました。
センウセレト2世の時代には、ヌビアの諸部族が北上を始めていましたが、彼はその対応を十分に行う前に亡くなってしまいました。