
エリッサはカルタゴを建国したとする伝説の女性です。
別名ではディードーとなっています。
エリッサはティルスのピュグマリオン王に、夫のアケルバスを殺害され、ティルスを出奔し最終的にカルタゴを建設しました。
しかし、エリッサの最後は男に捨てられた話と、自ら亡夫を想い命を絶った話となっており、悲劇的なものとなっています。
今回はカルタゴの伝説的な女性であり、悲劇のヒロインであるエリッサを解説します。
尚、エリッサは現在のチュニジアでも人気があり、エリッサの名前をつける人も多いそうです。
ティルスを脱出
エリッサはティルスのピュグマリオン王の姉妹です。
エリッサは伝説に片足を突っ込んでいる様な人物ではありますが、ピュグマリオン王は紀元前820年から紀元前774年まで実際にティルスを統治した実在の人物となります。
エリッサは彼女の叔父で、ヘラクレス(メルカルト)の神官であったアケルバスと結婚しました。
アケルバスはピュグマリオン王に次ぐ実力者だったと伝わっています。
しかし、ピュグマリオン王はアルケバスが隠し持っていた財産を妬み、殺害してしまったわけです。
ただし、ピュグマリオンに反発する貴族もおり、エリッサは彼らと共にティルスを脱出する事になります。
ローマの歴史家であるフラウィウス・ヨセフスは、カルタゴの建設について次の様に述べています。
※ティロスの年代記より
ピュグマリオンの治世7年目に姉妹の一人が逃亡し、カルタゴの街を建設した。
ティロスの年代記ではティルスのピュグマリオンの姉妹の一人がカルタゴに逃亡し、街を建設した事になっていますが、この女性こそがエリッサになるのでしょう。
エリッサとキプロス島
エリッサはいきなりカルタゴに向かったわけではなく、最初に東地中海東部に浮かぶ島であるキプロスに向かいました。
古代キプロスにはアラシヤ王国があったとも言われていますが、時代的には既に解体されていたとも考えられています。
キプロス島のユッピテル神の神官はエリッサに同行する意を伝え、エリッサは80人ものキプロスの女性を得ました。
エリッサの部下とキプロス女性は結婚する事になります。
キプロスの女性たちもエリッサに同行する事になり、エリッサと共にカルタゴを建設した市民の父親はフェニキアのティルス人となりますが、母親はキプロスの女性になるはずです。
尚、サルディニアのノラの碑文に登場するプマイ神はキプロスのキティオンで信仰されており、フェニキア系の王名で見られるプマイヤトンの名前の由来はプマイ神にあるとされています。
キティオンは紀元前1200年のカタストロフの後に出来たキプロスの最初のフェニキア人の都市であり、キプロスとカルタゴは何らかの関係を持っていると考えられています。
この後に、エリッサはキプロスから北アフリカの、カルタゴに到着しますが、経緯はよく分かっていません。
エリッサとディードー
ティマイオスの断片的な記録によれば、アフリカの先住民はエリッサの事を「ディードー」と呼んだと言います。
ディードーには「さすらう」とする意味があり、エリッサがティルスを出て、さすらいの身だった事に由来している様です。
ウェルギリウスのアエネーイスに「ディードー」の名前があり、カルタゴの女王ディードーは、アエネーイス(人物名)と恋仲となりますが、結局はアイネーアスに棄てられる形となり、自殺し世を去りました。
尚、エリッサには別の最後の話もあり、そちらは後述します。
エリッサへの求婚
話を戻しますが、アフリカに到着したエリッサはカルタゴを建設する事になり、伝承ではありますが、カルタゴが建国される事になります。
カルタゴは繁栄の兆しを見せました。
こうした中でアフリカの現地民の王であるヒアルバスは、エリッサに求婚しました。
ここでヒアルバスはいきなり、エリッサにアプローチするのではなく、カルタゴの有力者10人を呼び寄せました。
ヒアルバスは10人の者にはエリッサへの求婚を告げ、拒めば戦争を仕掛けると告げたわけです。
10人の者たちはヒアルバスが攻めて来られては困るわけであり、何とかしてエリッサに承諾して貰おうと考えました。
しかし、エリッサは貞操が固く普通に言えば、断られるのは明白でした。
そこで10人の者達はエリッサに、次の様に述べています。
※10人の者達の言葉
10人「ヒアルバスは自分や臣下であるアフリカ人たちに、より文明的な生活を教えてくれる者たちを探しているのです。
しかし、一族の人々から離れて蛮族たちの元へ行こうとする者などいるのでしょうか」
これに対し、エリッサは次の様に応えています。
エリッサ「場合によっては、命を捧げるべき祖国のために、多少の厳しい生活を拒むものなのか」
エリッサは10人の者達を叱りました。
ここで、10人達の者はヒアルバスとの経緯を告げたわけです。
エリッサは祖国の為に命を捧げ、多少の厳しい生活を拒むのかと部下達を叱ってしまった手前、ヒアルバスの求婚を呑まないわけにはいかなくなってしまいました。
しかし、彼女の心は亡くなった元夫であるアケルバスにあったと言えるでしょう。
エリッサは「自分はこの都市(カルタゴ)と自分の運命が呼ぶ所に行く」と告げたわけです。
エリッサの最後
アケルバスとの結婚をエリッサは承諾する事になります。
しかし、己の身をアケルバスに捧げるつもりはなかったわけです。
エリッサはカルタゴの街の一番高い場所に、薪の山を築かせました。
亡夫の霊を鎮める為の儀式だと見せかけ、薪の山を築き登ったわけです。
薪の山の上からエリッサは人々の方を向くと「あなた方が望んだように私も夫の所に行きます」と告げました。
そして、エリッサは薪に火を点けると燃え盛る炎の中で最後を迎える事になります。
ここでも、エリッサは悲劇的な最後を迎えたと言えます。
しかし、エリッサはアケルバスとの結婚は承諾しており、約束は守った事から戦争は回避されたわけです。
エリッサの話は本当なのか
エリッサの最後を見ると、片方は男に捨てられて世を去り、もう一つの話は亡き夫を想い自害した事になっています。
どちらも、エリッサは悲運な最後を迎えた事になるでしょう。
カルタゴ建国神話であるエリッサの話を考えたのは、一般的にはローマ人だとされています。
実際問題としてカルタゴは滅んでおり、フェニキア語やポエニ語でカルタゴの建国神話を語った話は見つかっていません。
こうした事もあり、カルタゴを滅ぼした側であるローマ人による創作ではないかとも考えられてきました。
一つの説としてカルタゴでは人身供養を頻繁に行っており、この予備知識を元に考え出されたのが、エリッサの物語ではないかともされているわけです。
ただし、ティマイオスはポエニ戦争よりも前の時代の人物であり、カルタゴが滅亡する前の時代を生きました。
それらを考慮すると、ティマイオスはカルタゴの人々か、カルタゴに行った事がある人物から話を聞いて、エリッサの話を記録したとも考えられます。
実際の所は不明ですが、エリッサのカルタゴ建国神話は、ある程度の史実を現わしているのかも知れません。