キングダム

凱孟は圧倒的なパワーを持つ剛将

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宮下悠史

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名前凱孟(がいもう)
登場キングダム
コメント圧倒的なパワーの持ち主

凱孟は漫画キングダムに登場するの武将であり、魏火龍七師の一人でもあります。

凱孟は史記や戦国策には登場せず、架空の人物という事になります。

著雍の戦いで凱孟は紫伯霊凰と共に、軍の前に立ちはだかりました。

凱孟は圧倒的なパワーを持っており、その武勇は廉頗や王騎を上回る程でした。

信がヨコヨコと戦った時には「凱孟並みのパワー」としており、凱孟はパワーファイターの代名詞の様な人物になっているのが分かるはずです。

凱孟は漢気がある人物でもあり、河了貂の話を聞き手も出さずに荀早との人質交換に応じています。

強いだけではなく豪快な性格も併せ持ったのが、凱孟なのでしょう。

剛将・凱孟

著雍の戦いの前に総大将の呉鳳明は、魏火龍七師の生き残りたちを呼び寄せていました。

魏火龍七師の紫伯霊凰と共に凱孟の姿もあったわけです。

凱孟は紫伯や霊凰と共に、著雍の戦いに参戦する事になります。

ここで呉鳳明は凱孟を「あげた武将の首は百を超すと言われる剛将”凱孟”」として紹介しています。

凱孟は巨漢であり見た目通りの剛将だという事が分かるはずです。

魏火龍七師が太呂慈と紫伯に分裂した時は、凱孟は霊凰と共に紫伯に味方しました。

凱孟は漢気がある人物であり、太呂慈よりも紫伯の方に義があると感じ取ったのではないでしょうか。

しかし、魏火龍七師の争いにより凱孟及び霊凰、紫伯は14年間も投獄される事になります。

凱孟と著雍の戦い

凱孟の出陣

著雍の戦いで呉鳳明が本陣で魏火龍七師が14年間も獄に繋がれていた話をしましたが、その頃に凱孟は本陣の天幕の中で4人の女性と行為に及んでいました。

14年間も獄に繋がれており、凱孟も溜まっていたという事なのでしょう。

軍師の荀早がや王騎を死に追いやった龐煖と戦ったという飛信隊の信の話をしました。

荀早はさらに呉慶を殺した麃公の話を凱孟にする事になります。

摎や王騎の名前が出ると、凱孟は俄然やる気を出し出陣しました。

呉鳳明からは援軍の要請もありましたが、凱孟は却下して出陣しています。

凱孟は出陣すると、いきなり飛信隊の楚水の前にド迫力で現れる事になります。

しかし、何故か凱孟の頭の中では飛信隊の信が王騎と摎をやった事になっており、凱孟が力はあるが頭は弱い事が分かるシーンでもあります。

凱孟の圧倒的な存在感

楚水の部隊が凱孟と対峙しますが、楚水は凱孟の圧倒的な巨躯と存在感を見せつけられ「取り囲んで首をとれっ」と命令しました。

ここで、凱孟は圧倒的なパワーを見せ何人もの兵士を一瞬で斬り伏せています。

荀早は「呉鳳明に怒られる」と撤退を進言しますが、凱孟は「我が名は”魏火龍”凱孟。貴様らが相対する軍の大将也」と叫ぶと、信に一騎打ちを挑みました。

信が現れると凱孟は「儂は廉頗や王騎らと一対一で互角に渡り合った過去を持つ男だ」と名乗りました。

凱孟の言葉に飛信隊の田永田有は驚きますが、荀早は「嘘だよ」と答え拍子抜けさせていますが、信は凱孟に廉頗や王騎並みのヤバさを感じ取っていました。

しかし、信はいきなり先頭に立って出て来た事で「廉頗らと違い相当頭悪ぃだろ」と述べ、荀早も「正解」と述べています。

信は凱孟を頭が悪いと言いましたが、信も前に出て来ており凱孟は「儂に負けぬ大馬鹿」と返しました。

荀早は凱孟の圧倒的な武勇を知っており「賢い廉頗らは一対一を避けた」とも述べ、凱孟は武勇においては廉頗や王騎を上回るものがあった事になります。

ただし、多くの人がお気づきの様に、凱孟には廉頗や王騎の様な知略はなかったと言えるでしょう。

ここで凱孟は信を吹き飛ばす程の圧倒的な武勇を見せつける事になります。

凱孟と河了貂

凱孟の武勇の前に信は押されますが、この間に荀早は飛信隊の河了貂をさらいました。

凱孟は信との戦いを楽しんでいましたが、荀早は撤退する様に凱孟に指示しています。

ただし、羌瘣が荀早に気付き、荀早を捕虜としましたが、河了貂は捕虜となりました。

ここで戦いが終わり夜になりますが、飛信隊の方では河了貂と荀早の間で人質交換が提案される事になります。

河了貂は凱孟の前に出されますが、ここで凱孟は河了貂の「欲望」を訪ねました。

凱孟は「飛信隊の信は貴様にとって何者なのか」とも問い、河了貂は「俺は戦場で戦って、そして幸せになるんだ」と述べました。

河了貂は「信の夢がかなって欲しいと願っている」とも正直に語りますが、凱孟は大笑いし”強欲”としましたが、河了貂を荀早との人質交換に応じさせたわけです。

河了貂に手を出さず人質交換に応じたのは、凱孟の漢気でもあり、河了貂から感じるものがあったからでしょう。

凱孟の思想

著雍の戦いは三日目になりますが、ここでも凱孟と信の一騎打ちとなりました。

ここで王賁が魏火龍七師の紫伯を討ち取る事になります。

玉鳳隊は紫伯の軍を抜きました。

信は凱孟に苦戦していましたが、河了貂の策もあり隆国が援軍としてやってきたわけです。

凱孟は不利な立場となり、荀早も撤退を進言しますが、凱孟は戦場に残って戦うつもりでした。

ここで信は凱孟に廉頗や王騎は「避けたんじゃなくて、お前は相手にされなかったんじゃないのか?」と問いました。

信は凱孟と廉頗や王騎との違いに何となく気付いていたと言えるでしょう。

ここで凱孟は王騎と会った時の事を思い出し「あなたは赤ん坊のまま猛牛になってしまった困った人です」と言われた事を思い出しました。

凱孟は戦に光などないと語り戦の意義や夢は虚言であり、戦は弱者を屠る単なる殺戮の場 それ以上でもそれ以下でもないと語っています。

凱孟の思想が現れているシーンでもあります。

ここで信は違うと言いますが、凱孟は「違わぬ」と言いました。

凱孟も信から何かを感じ取っており「次までに儂の納得する答えを用意しておけ」と述べると、撤退に移りました。

どこまでも豪快なのが凱孟なのでしょう。

著雍の戦いの方は凱孟と紫伯が敗れた事で、玉鳳隊と飛信隊、録嗚未の隊が呉鳳明の本陣を急襲しました。

本陣を捨てた呉鳳明は霊凰を犠牲にして撤退しています。

著雍の戦いで紫伯と霊凰は討死しており、魏火龍七師は凱孟だけが生き残ったと言えます。

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