キングダム

白麗は最年少の中華十弓

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宮下悠史

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名前白麗(はくれい)
登場キングダム
一族姉:白翠
コメント最年少で中華十弓になった。

白麗は漫画キングダムに登場する武将であり、弓矢を得意としています。

残念に思うかも知れませんが、白麗は実在の人物ではなく、キングダムのオリジナルキャラとなります。

中華十弓の一人であり、函谷関の戦いの時点では弓の腕前は第三位となっていました。

白麗には白翠という姉がおり、臨武君に嫁いでいます。

函谷関の戦いでは項翼と共に参戦し、冷静な性格をしている描写が多く見受けられます。

中華十弓の中で最年少であり、第三位となっていますが、趙攻略戦で第一位の青華雲が飛信隊の蒼仁に討たれました。

こうした事情もあり一位の青華雲が討たれランクアップしたのか、蒼仁が中華十弓にランクインしたのかは不明です。

それでも、蒼仁が中華十弓になるのであれば、白麗よりも年下だと考えられ、最年少では無くなってしまうのではないでしょうか。

今回はキングダムの白麗を解説します。

白麗の初登場

白麗の初登場はキングダム24巻・第253話『下らぬ戦』です。

ここでの陣営が登場し、臨武君項翼と共に白麗の姿もありました。

汗明がどっしりと構え、ぶっきらぼうの性格の項翼がおり、冷静そうな白麗がいました。

この時に臨武君は将軍でしたが、白麗と項翼は千人将として登場しています。

ここで項翼は下品に飛信隊らを挑発しますが、白麗はあきれ顔でした。

白麗は最年少・中華十弓

信が挑発に乗って項翼との戦いとなりますが、項翼は「戦いは厳禁」との指令を守り、馬での陣地を目指しました。

この時に、項翼は信に馬上から弓を放ちますが、信に剣でブロックされています。

しかし、白麗が矢を放つと、信は落馬しました。

この事から、弓矢の腕は項翼よりも白麗の方が上だという事が分かるはずです。

中華十弓の名は伊達ではないのでしょう。

ここで項翼が自己紹介をしており、白麗を「最年少 中華十弓の白麗」と紹介しました。

この時に白麗は「俺の矢は今、中華三位だ」と述べており、同じく中華十弓の魏加黄離弦よりも上という設定なのでしょう。

尚、信の前で白麗は「にも我々のような若武者の千人将がいたことを嬉しく思う」と自信満々に述べており、信も「秦の若武者千人将達は化け物揃い」と言い放っています。

函谷関の戦い

白麗が臨武君を救う

合従軍篇の函谷関の戦いが始まると、第一陣の総大将の臨武君が録嗚未との一騎打ちとなります。

臨武君は録嗚未を相手に優勢に戦いを進めますが、臨武君は同金の仇でもあり、鱗坊も助太刀しますが、次の瞬間に弓矢が飛んできて鱗坊を射殺しています。

鱗坊を討ち取ったのが、白麗の弓であり、その威力は兜の上から眉間を射抜き反対側に矢が突き出る程でした。

この事から、白麗が常人を逸脱した弓の達人であるのが分かるのではないでしょうか。

臨武君は白麗に「余計な真似はするな」と怒鳴りますが、白麗は冷静に考えており、自分の姉がが未亡人になってしまう事も危惧していたわけです。

この時に、蒙恬は白麗の弓を「あれは危険すぎる」と述べています。

蒙恬は楽華隊を二つに分け、自ら指揮し白麗を討ちに行く事になります。

蒙恬に斬られる

蒙恬は陸仙に命令を出し、自らは白麗に斬り掛かりました。

普通で考えれば、白麗は討ち取られていた場面でしたが、項翼が助けに入り蒙恬を弾き飛ばしています。

この時に項翼は「貸しは100を超えた」と言いますが、白麗は「俺の貸しは200はある」と言い返しています。

白麗は冷静な性格をしていますが、気は強かったのでしょう。

ここで王賁も助太刀に入り戦いは継続される事になります。

乱戦になっていましたが、臨武君が討たれそうになり、白麗は助けようと矢を放ちますが、蒙恬に弓を斬られました。

白麗はここで「不覚」「ぐはっ」という声をあげて、蒙恬に討ち取られたかと思われましたが、生きていました。

しかし、臨武君の方は討ち取られてしまい、白麗の姉の白翠は未亡人になってしまったと言えるでしょう。

冷静な性格

函谷関の戦いは続きますが、の媧燐は臨武君に属した部隊に、を単独で討つ様に無茶ぶりしました。

この軍の中には白麗もいましたが、蒙恬に斬られた怪我もあり、実力を発揮する事が出来なかったわけです。

函谷関の戦いでは激戦が続き張唐成恢を打ちますが、軍も消耗が大きく、こうした中で項翼が成恢により五千人将となりました。

多くの者が項翼の五千将に驚きますが、白麗だけは「まだ早い」と述べ危ぶんでいます。

白麗は「翼の才能は俺が一番高く認めている。あいつは先で将軍になる男だ」と評価しつつも、項翼の五千将は早すぎると考えており「急造過ぎて軍として機能するわけがない」と考えていました。

項翼が自らを囮にして突っ込んだ所で、媧燐も動きました。

ここで白麗も動き冷静に媧燐軍の右の援護をしています。

媧燐の所に録嗚未干央王賁が集まった所で、媧燐は持ち場を離れて蒙武汗明の戦いを見に行く事になります。

楚軍の総大将の汗明は蒙武に討ち取られ退却する事になりました。

退却に納得がいかないのが項翼で暴れますが、白麗が必死で止めています。

媧燐の策も王翦に読まれており、オルドが動かなかった事で失敗に終わりました。

この後に、李牧龐煖が率いる精鋭部隊と嬴政昌平君、信らが指揮する蕞の戦いが勃発しますが、特に白麗に見せ場は無く、合従軍は秦を滅ぼす事が出来ず斉を攻撃し、軍は解散する事になります。

白麗は早い段階で負傷しており見せ場は少なかったわけですが、後半は冷静な性格を見せたと言えるでしょう。

什虎の戦い

什虎の戦いでも白麗は項翼と共に参戦しました。

白麗の役目は什虎四天王の援軍でもあったわけです。

項翼と共に一万五千の兵を繰り出しており、順調に出世している事も分かります。

什虎の戦いでも白麗は奮戦しました。

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