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鄧茂(とうも)は黄巾賊の最初の犠牲者

2023年1月12日

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宮下悠史

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名前鄧茂(とうも)
登場三国志演義
所属黄巾党
年表184年 黄巾の乱
画像©コーエーテクモゲームス

鄧茂は三国志演義に登場する架空のキャラです。

鄧茂は程遠志の部下であり、張角が率いる黄巾賊に参加した設定となっています。

鄧茂は程遠志と共に、劉備らがいる涿郡を襲撃しようとしました。

幽州刺史の劉焉は配下の鄒靖や劉備、関羽張飛に迎撃を命じました。

程遠志・鄧茂の軍と劉備の軍が対峙し、鄧茂は張飛と一騎打ちとなりますが、一撃で破れ去っています。

鄧茂が三国志演義に登場する黄巾賊の中で、一番最初に討たれた大将となります。

今回は三国志演義に登場する架空の人物である鄧茂を解説します。

鄧茂に出撃命令が出される

鄧茂は大将の程遠志と共に、劉備らがいる幽州涿郡に侵攻しました。

程遠志、鄧茂の軍が迫っている事を知った幽州刺史の劉焉は、鄒靖、劉備、関羽張飛に命じ迎撃させています。

この時に劉備は500の兵を率いたと書かれており、それに対し程遠志の軍は5万もいた話があります。

程遠志、鄧茂の軍と劉備の軍は、大興山の麓で対峙する事となります。

劉備の左右には関羽、張飛が控え、劉備が程遠志を罵ると、程遠志は怒り副将の鄧茂を出撃させます。

これにより劉備軍と程遠志軍の戦闘が始まりました。

張飛は後には天下の名を轟かせる豪傑となるわけですが、この時は無位無官の存在です。

実際には恐ろしく強いが、無名の張飛に鄧茂は挑んだ事になるでしょう。

一撃で破れる

鄧茂が仕掛けて来ると、劉備軍は蛇矛を持った張飛が応戦しました。

鄧茂と張飛の一騎打ちとなりますが、三国志演義では次の様に描かれています。

※完訳三国志(岩波文庫)19頁

その手が上がると見るまに、鄧茂の心(むね)をただ一突きに、突き刺し鄧茂は真っ逆さまに落馬する

上記の記述を見ると分かりますが、鄧茂は蛇矛を持った張飛に、一撃で倒されてしまったわけです。

鄧茂は張飛を討とうと考え、武器を振り上げようとしたら、張飛に討たれてしまったのでしょう。

鄧茂は落馬したとあり「死んだ」とは書かれていませんが、張飛の一突きで鄧茂は命を落したと考えられる事が多いと言えます。

尚、これが劉備軍の初戦であり、黄巾賊の最初の犠牲者が鄧茂となったわけです。

三国志演義の著者である羅貫中は、張飛の強さを読者に印象付ける為に、鄧茂を考案したのでしょう。

因みに、鄧茂が討たれた事を知った程遠志は張飛に襲い掛かります。

程遠志にしてみれば、鄧茂の敵討ちと言わんばかりに、張飛に襲い掛かったのでしょう。

しかし、ここで関羽が躍り出て程遠志を一撃で倒しました。

程遠志と鄧茂が亡くなった事で、黄巾賊は武器を捨てて逃げ出し、劉備の軍が大勝しています。

程遠志と鄧茂は五万の兵がいたのに、少数の劉備軍に呆気なく敗れた事になるでしょう。

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