三国志

趙直は夢占いの達人

2022年8月11日

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名前趙直(ちょうちょく)
生没年不明
時代三国志、三国時代
主君劉備→劉禅
コメント夢占いの達人

趙直は三国志の蜀漢の人物であり、その名は正史三国志にも登場します。

ただし、趙直の伝は存在しません。

趙直は夢占いの達人として名が通っており、魏延が五丈原の戦いで不思議な夢を見た時に、占った事でも有名です。

趙直と魏延の話は三国志演義でも採用されました。

正史三国志を見ると趙直は魏延の他にも、何祗の寿命や蔣琬の出世を予言するなど、夢占いの達人とも言える人物です。

何祗の寿命

正史三国志の楊洪伝の注釈に益部耆旧伝があり、そこに趙直と何祗の話が掲載されています。

若い頃の何祗を評価する者は少なかったわけですが、何祗はある時に、次の様な夢を見ます。

※正史三国志 楊洪伝・注釈 益部耆旧伝より

井戸の中に桑が生えている

何祗は夢を見て不思議に思い、趙直に相談したわけです。

趙直は次の様に答えました。

趙直「桑は井戸の中に生えるものではありません。

よって、桑は必ず植え替えをしなければならないのです。

桑の字は四十の下に八を書きます。

貴方(何祗)の齢は、それ以上にはならないでしょう」

趙直は何祗の寿命が48歳だと予言したわけです。

何祗は豪快な人柄であった事から、趙直の話を聞くと笑って「十分だ」と答えた話があります。

趙直の予言は的中し、何祗は48歳でこの世を去る事になります。

正史三国志にも何祗の死の部分で「趙直の予言の通りになった」と記載されています。

蔣琬の出世

蔣琬は劉備が生存していた時代に、仕事を放棄し、劉備が立腹した話があります。

劉備は蔣琬を処罰しようとしますが、諸葛亮が蔣琬を庇いました。

この時に、劉備は蔣琬を免官にしてしまいますが、免官にされた夜に蔣琬は次の様な夢を見ました。

※正史三国志 蔣琬伝より

一つの牛の頭が門前に転がっており、たらたらと血を流す夢を見た

牛から血が流れていたせいか、蔣琬は不安に思い趙直に相談したわけです。

趙直は次の様に答えました。

趙直「血を見たというのは政治に明るい事を指します。

宰相に相応しい資質を持っていると考えるべきです。

牛の角と鼻で『公』の字の形になります。

貴方の位は必ずや公にまで到達する事でしょう。

大吉の印となる夢です」

この後に、蔣琬は政界に復帰し、諸葛亮亡き後は、後継者として指名されています。

蔣琬は諸葛亮・費禕・董允らと共に、蜀の四相とも呼ばれる様になり、見事に出世する事になりました。

趙直の予言は的中したと言えるでしょう。

魏延の角

五丈原の戦いで蜀の諸葛亮と魏の司馬懿は対峙しますが、司馬懿は戦う気が無く戦いは膠着状態となります。

この時に、蜀将の魏延は次の様な夢を見ました。

※正史三国志 魏延伝より

魏延は頭に角が生える夢を見た

魏延は不思議な夢だとは思いますが、何を指すのかは分からず趙直に相談しました。

趙直は、次の様に答えています。

趙直「麒麟は角を持ってはいますが、使用する事はありません。

これは戦わずに、賊軍が自壊する象徴でもあります」

趙直は魏延に対し「いい夢」だと述べた事になります。

しかし、魏延伝によれば、趙直は誤魔化して述べたとあり、本当は悪い夢だったわけです。

魏延は仕事も抜群に出来る人物でしたが、楊儀と対立するなど問題児でもありました。

魏延のプライドの高さは趙直も知っていたはずであり、趙直も本当の事を言えなかったのでしょう。

尚、趙直は魏延と別れた後に、次の様に述べた話があります。

趙直「角の字体を見るに、刀の下に用の文字がある。

頭の上に刀を用いるのだから、夢の不吉さは並ではない」

趙直は魏延の夢の不吉さを語りました。

後に五丈原で諸葛亮が亡くなると姜維や楊儀らは撤退しますが、魏延は戦いの継続を主張し、蜀軍に取り残される形となり、楊儀と本格的に対立しました。

魏延は蜀軍の内部抗争である南谷口の戦いで、王平と対峙しますが、兵は逃亡し最後は馬岱により斬られています。

趙直の予言は的中したと言えるでしょう。

因みに、趙直と魏延の話は三国志演義でも採用されており、有名な話でもあります。

趙直は三国志演義では魏延との話の中でのみ登場します。

この記事を書いた人

構成・文/宮下悠史

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