キングダム

岳雷は無骨な性格で飛麃隊を率いた

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宮下悠史

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名前岳雷(がくらい)
登場キングダム
主君麃公李信
コメント無骨物だが我呂の面倒をよくみた。

岳雷は漫画キングダムに登場する人物で、最初は麃公の配下でした。

麃公が亡くなると、我呂と共に飛信隊に加入する事になります。

岳雷は我呂の面倒を非常によくみており、我呂は岳雷を慕って飛信隊に入りました。

後に我呂と共に飛麃隊を結成し、岳雷が黒飛麃を率い、我呂が赤飛麃を率いる事になります。

尚、岳雷は老け顔ですが、実際には我呂と3歳ほどしか年齢の違いはありません。

蒼仁と蒼淡の兄弟が飛信隊にやってきた時は、父親の蒼源に助けられたと深々と頭を下げました。

普段から無骨なのが、岳雷です。

宜安の戦いでは上和龍と戦いますが、一撃で世を去りました。

飛信隊に加入

岳雷は千人将

岳雷は麃公配下でしたが、蕞の戦いの前に龐煖と戦い戦死しました。

こうした事情もあり、戦後に我呂と共に飛信隊に加入する事になります。

この時に岳雷は千人将と記載されていました。

飛信隊は戦乱で荒廃した村々の復興に介倉の丙村に行きました。

村に到着すると村長の満土に迎えられる事になります。

飛信隊は復興組と警護組に分けますが、警護組は郭備兵と麃公兵に任せる事になります。

岳雷の麃公兵は歴戦の猛者であり、信も「迫力がある」と認め、それと同時に岳雷には「うちに来てくれて嬉しい」とも伝えています。

岳雷は信に麃公の盾はどうしているのかと問うと、信は「信頼できるダチ(嬴政)に預けた」と述べ、王騎の矛と共に保管してある事を知ります。

王騎の矛と麃公の矛が一緒にあっても、矛盾という事はないのでしょう。

岳雷が飛信隊に入った理由

飛信隊副長の楚水が岳雷に「麃公兵の大半が将軍の領土に戻って行った中で、なぜ飛信隊に来たのか」を問いました。

岳雷は「麃公兵は信を嫌っている」と述べますが、それは嫉妬だと伝えています。

麃公将軍は信と話す時に妙に嬉しそうで、麃公将軍に子がいなかった事も明かしています。

岳雷は麃公のあのような顔は長く見た事が無かったとも語っています、

信は「それが飛信隊に入った理由」とも考えましたが、岳雷は「そんな大した理由はない」と答えています。

この後に軍師の河了貂がやってきて、丘を奪取する事になりますが、作戦は成功しました。

岳雷が率いる旧麃公兵が強く、丘は楽勝で取る事が出来たわけです。

飛信隊の輪に入る

夜になると竜有が料理した飯を食べますが、満土などは余りにも旨く驚いています。

岳雷も飛信隊の輪に入っていました。

ここで岳雷は「丘に残った兵たちにも、この食い物を」と部下想いの姿を見せますが、河了貂は既に送ったと伝えました。

さらに、付近の厘大には王賁の玉鳳隊三千がおり、赫苑には蒙恬の楽華隊二千がいると知り、信は闘志を剥き出しにします。

こうした飛信隊の様子を見た楚水は「ここに来ると若さに驚くでしょう」と告げますが、岳雷は「いやそうでもない。大体こんなものだ。台頭してゆく漢や隊というものは」と答えました。

ここで我呂が「軍師が小娘には驚いた」と告げ、剣もかなり使うと述べますが、剣の使い手は河了貂の方ではなく、羌瘣の方だったわけです。

キングダムの本編では、ここから場面が代わり羌瘣が幽連を討つ話へと舞台が代わる事になります。

岳雷と蒼源

黒羊の戦いが終わった後に、弓矢兄弟の蒼仁と蒼淡が飛信隊の入試試験に来ていました。

体力は全然ない蒼仁と蒼淡でしたが、弓矢の腕前の凄さに多くの者達を唸らせました。

蒼仁と蒼淡の父親の蒼源が魏の馬朱離と対戦する為に、山を下り麃公隊に加わった事を聞かされます。

岳雷や我呂は短い期間ではあるが、蒼源と共に戦い多くの味方の命を救い、敵将を射殺し勝利に導いたと告げました。

当時の中華十弓の一人とされた魏の白公の右目を貫き勝利し、麃公も蒼弓隊なる特殊部隊を作ったといいます。

岳雷はある戦場で窮地に陥った時に、敵の多くの伏兵に遭いますが、蒼弓隊が助けに来るも敗れました。

この時に、蒼源は戦死しており、岳雷は助かり「すまぬ」と蒼仁と蒼淡に深々と頭を下げています。

岳雷の謙虚な姿が非常によく分かるシーンでもあります。

岳雷の最後

宜安の戦いで信の飛信隊は蒙恬の楽華隊と連合し戦う事になります。

趙の青歌軍の楽彰が応戦しました。

この時に、岳雷は飛麃隊で隊長(信)の前を固める様に命じています。

こうした中で前線では馬が吹き飛ぶ程の圧力を受け、信までもが一時は落馬しました。

この時点で趙の軍の中には「化物」とも呼べる程の武将がいた事は明らかでしょう。

それでも、岳雷は飛麃の力の見せ所だと述べて前に出ますが、我呂は「出過ぎるな」と諫言するも、岳雷の前に上和龍が現れました。

我呂は「待てっ」と叫びますが、岳雷は前に出て応戦し、一撃でやられ命を落とす事になります。

岳雷の死に激昂した信と我呂が上和龍に襲い掛かりますが、上和龍は配下の雲玄、雲慶と共に撃退しました。

上和龍により岳雷は戦死しています。

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