
| 名前 | イアフヘテプ1世 |
| 時代 | エジプト第二中間期 |
| 王朝 | エジプト第17王朝 |
| 一族 | 父セナクトエンラー: 母:テティシェリ |
| 兄妹:インハピ、スィトジェフティ | |
| 子:イアフメス1世、イアフメス=ネフェルタリ、カーメス? | |
| コメント | ヒクソスと戦った記録がある。 |
イアフヘテプ1世はエジプト第17王朝の王妃です。
セケンエンラーの王妃となり、ヒクソスとの戦いでは戦場に行った記録もあります。
記録ではテーベを任されるなど、強い権力を持っていた事が分かります。
イアフヘテプ1世はエジプト第18王朝の開祖であるイアフメス1世の母親であり、ヒクソスを追い詰めたカーメスもイアフヘテプ1世の子ではないかとする説があります。
イアフヘテプとヒクソスの戦い
エジプト新王朝時代の始まりとも言える第18王朝ですが、エジプトの王朝の中でも特に近親婚が盛んだったと言われています。
エジプト第17王朝と第18王朝は連続しており、第17王朝の最大の見せ場はヒクソスとの戦いでした。
この戦いで特に名を残したのがイアフヘテプ王妃です。
イアフヘテプ1世は軍を指揮してヒクソスとの戦いを支え、その棺からは斧と、武功を示す勲章である黄金のハエが出土しています。
現代の感覚では「ハエ」は不潔・汚いといったイメージが強いですが、古代エジプトではまったく異なる意味を持っていました。
エジプト人にとってハエは「しつこくまとわりつく存在」であり、そこから転じて“粘り強く戦う兵士の象徴”とされていたのです。
敵に食らいつき、決して退かないという姿勢を称えるために、勇敢な戦士には黄金のハエが授与されました。
こうした価値観を見ると、古代エジプト人がハエに対しても一定の敬意を抱いていたことがうかがえます。
古代エジプトでは、ハエは勇敢さの象徴でもありました。
メソポタミアでも蠅の首飾りなどが見つかっており、ハエは多くの地域で神聖視されていたのではないかと考えられています。
古代の実在した戦う女性としては、殷王朝の武丁の妻である婦好がいますが、イアフヘテプ1世も本人が望んだのかは不明ですが、戦争に駆り立てられた事は間違いなさそうです。
子がファラオになる
イアフヘテプ1世はセケンエンラーの王妃でしたが、テーベの近辺を任されていた事が分かっています。
テーベを支配するには、軍隊も必要であり、独自に軍隊を組織し軍事だけではなく、治安維持にも努めていました。
イアフヘテプ1世は強大な権力を持っていたのではないかと考えられていますが、ハトシェプストの様にファラオになる事はありませんでした。
それと同時に、この時代はヒクソスとの激戦が酷かったせいか不明な点も多いです。
尚、イアフヘテプ1世の夫であるセケンエンラーは、ヒクソスとの戦いで戦死したと考えられています。
エジプト第17王朝ではセケンエンラーの次の王であるカーメスが、ヒクソスを相手に戦いを優位に進める事になります。
カーメスが亡くなると、イアフヘテプ1世の子のイアフメス1世が即位し、王妃になったのが、これまたイアフヘテプ1世の娘であるイアフメス=ネフェルタリです。