
イッビ・シンはウル第三王朝の五代目であり、最後の君主でもあります。
即位して早々にウル第三王朝の有力都市が独立するなど、酷い有様でした。
ウルは穀物が高騰し60倍にまで跳ね上がったとされています。
ここで、イシュビ・エッラが穀物の購入と大きく関わり、イシン第一王朝の祖となりました。
こうした中でエラム人がウルを攻撃し、イッビ・シンは捕虜となりウル第三王朝は滅亡しています。
イッビ・シンの即位とウル第三王朝の衰退
ウル第三王朝は、シュ・シンの時代までは比較的繁栄を保っていたと考えられています。
しかし、後継者であるイッビ・シンが即位すると、状況は急速に悪化しました。
治世の早い段階で、ウンマやラガシュといったシュメール人の有力都市が次々と離反します。
ウル第三王朝はアムル人の侵入を防ぐために城壁を築くなどの対策を講じていましたが、その効果は十分ではなく、都市国家の離脱を止めることはできませんでした。
さらに、王国の経済を支えていた家畜収容所プズリシュ・ダガンも、イッビ・シン治世3年目には機能停止に追い込まれています。
これは、王権の財政基盤が急速に崩れていったことを示す象徴的な出来事です。
このように、ウル第三王朝は“坂を転げ落ちるように”衰退していったと考えられますが、一方で、イッビ・シン治世3年には「シムルムを征服した年」と記録されており、軍事遠征に成功した事例も残されています。
しかし、王国全体としては衰退局面に入っていたことがうかがえます。
防衛線の縮小と加速する離反
それでもイッビ・シンは、治世6年目になると本拠地ウルと聖都ニップルに城壁を建設し、シュメール人はアムル人の侵入を防ぐために防衛施設の整備を続けました。
シュ・シンの治世4年に建造された「マルトゥの城壁」は、シュメールの中心地域全体を守るための大規模な防衛線でした。
しかしイッビ・シンの時代になると、防衛対象はウルとニップルの2都市にまで縮小しており、王国の勢力範囲が大きく後退していたことが分かります。
この状況から、イッビ・シンはウルとニップル以外の都市の防衛を事実上放棄したと考えることができます。
さらに、イッビ・シンの治世10年目には、ウルで深刻な物価高騰が発生し、社会問題へと発展しました。
原因としては、旱魃などの自然災害による不作も考えられていますが、より大きな要因は、ウルが依存していた貢納システムの崩壊にありました。
ウル第三王朝は、シュメール各都市から送られてくる穀物や家畜、工芸品などの貢納物によって支えられていました。
しかし、ウンマやラガシュをはじめとする有力都市が次々と離反したことで、これらの貢納物がウルに届かなくなり、食料・物資の供給が一気に途絶えてしまったのです。
イッビ・シンの治世11年には、数年前に城壁を建造したニップルすらもウルを離脱し、イシンのイシュビ・エッラの支配下に入ってしまいました。
ウル第三王朝とエリドゥ
ウル第三王朝に従属していた都市の中で、イッビ・シンの時代にもなおウルに忠誠を保っていた数少ない都市として、エリドゥが挙げられます。
エリドゥは、初期シュメール文明においては極めて重要な聖地であり、「最初に王権が降りた都市」として神話的な位置づけを持っていました。
アマル・シンもこの伝統を重視し、エリドゥに神殿を建立しています。
しかし、ウル第三王朝末期の時点では、エリドゥはかつてのような政治的・経済的中心地ではなく、王国の運営を支えるほどの力を持つ都市ではありませんでした。
そのため、エリドゥがウルに従っていたとしても、王権の衰退を食い止めるほどの支援は期待できなかったと考えられています。
イシュビ・エッラの独立とエラム遠征の成功
イッビ・シンは物価の高騰に悩まされる事になりました。
ウルにおける穀物の価格高騰は止まらず、ついには通常の60倍にまで跳ね上がったと記録されています。
この深刻な食糧危機の中で、イッビ・シンは将軍イシュビ・エッラに穀物の購入を命じました。
しかしイシュビ・エッラは、イッビ・シンから託された銀を持って穀物を買い付けに向かったものの、本来買える量の半分しか購入せず、残りの銀を自らの勢力拡大に利用したとされています。
この経緯から、「イッビ・シンはイシュビ・エッラに騙された」という伝承が生まれたと考えられています。
その後、イシュビ・エッラはイシンで独立を宣言し、イシン第一王朝を建国しました。
ただし、別説としてイシュビ・エッラはウル第三王朝の将軍ではなく、既にイシン第一王朝の君主だったとする説もあります。
イシュビ・エッラが既にイシン第一王朝の君主だった場合は、イッビ・シンは高値でイシュビ・エッラから穀物を購入した事になります。
結局、混乱はあったものの、ウル第三王朝はイシン第一王朝のニップル領有権などを認めることで関係を調整し、その見返りとしてウルは必要な穀物を手に入れることができました。
こうして食糧問題を一時的に解消したイッビ・シンは、スーサなどの都市からの略奪を目的としてエラム遠征を実施しました。
この遠征は見事に成功し、ウル第三王朝がまだ一定の軍事力を保持していたことを示しています。
イッビ・シンの治世14年目は「スーサやアダムドゥン、アワンの国を嵐の如く吼えたて、1日にして打ち砕き、その王を捕虜とした年」であったと記録されています。
エラムの侵攻、そしてウル第三王朝の滅亡
イッビ・シンの治世17年目には、「マルトゥ(アムル人)が服従した年」と記録されており、この時点ではまだウル第三王朝が一定の軍事的影響力を保持していたことがうかがえます。
しかし、そのわずか数年後の治世22年には、「メソポタミアの隣人」と呼ばれたエラムがウルを攻撃し、情勢は一気に悪化しました。
エラムは古くからメソポタミアと対立と協調を繰り返してきた勢力であり、この侵攻はウル第三王朝の弱体化を象徴する出来事となりました。
興味深いことに、翌年の治世23年の年名は「ウルのイッビ・シン王に(山国の)人々が愚かな猿をもたらした年」と記録されています。
イッビ・シンの治世23年の年名はウル第三王朝に朝貢があり喜んだとする説と、エラム人が攻めて来た事を指す説があります。
どちらが正しいのかは不明ですが、エラム人がウル第三王朝に攻撃を仕掛けて来た事だけは間違いないでしょう。
エラムのシマシュキ朝の王キンダトゥがウルへ侵攻すると、イッビ・シンは捕虜となり、ついにウル第三王朝は滅亡しました。
このとき、ウルの都市神ナンナの聖像もエラムへ持ち去られてしまいました。
シュメール人とエラム人は、古代メソポタミア史の中で、千年以上にわたり対立と抗争を繰り返してきたとされています。
その長い歴史の中で、イッビ・シンとキンダトゥの時代に最終的な決着がつき、勝利したのはエラム側であったと言えるでしょう。
今日ではシュメール文明の方が知名度が高く、文字・文学・都市文明の源流として大きな評価を受けています。
しかし、歴史の現場で最後に勝利を収めたのはエラムでした。
シュメール人の退場と文明の継承
イッビ・シンが捕虜となりウル第三王朝が滅亡すると、その衝撃は文学作品として結晶し、『ウル滅亡哀歌』や『シュメルとウル滅亡哀歌』といった都市哀歌が作られました。
これらは、エラムによる破壊後のウルの荒廃した姿、そして都市神ナンナが連れ去られたことへの深い嘆きを描いています。
ウル第三王朝の滅亡によりシュメール人は歴史の表舞台から姿を消しました。
イッビ・シンの捕縛とウルの陥落は、シュメール人が政治的・民族的主体として存続する最後の瞬間であり、その後のメソポタミア世界ではアムル人やアッカド語話者が主導権を握っていきます。
この歴史的転換について、『古代メソポタミア全史』の小林登志子先生は次のように述べています。
※古代メソポタミア全史より
「シュメル人は政治的、民族的な独立を失った。
前2000年紀にはいると日常ではアッカド語が使われ、シュメル語は死語になっていく。
それでも、学校ではシュメル語は教えられていたし、この頃に学校で書かれたシュメル語の文学作品が今に残っているのである。
シュメル人がつくりあげた普遍的都市文明は長く継承されていくことになる。」
シュメール語は日常語としては消滅していきましたが、学問語・宗教語としては長く生き続け、後代のバビロニアやアッシリアの学者たちによって学ばれ続けました。
また、シュメール人が築いた都市制度、神殿経済、文書行政、神話体系などは、その後のメソポタミア文明の基盤として受け継がれていきます。
つまり、シュメール人は政治的には滅びたものの、文明は滅びなかったと言えるでしょう。
彼らが創り上げた都市文明は、形を変えながらも長く後世に影響を与え続けたのです。
ただし、イッビ・シンがエラムに連れ去られた事で、シュメール王朝の時代は完全に終焉しました。
イシン・ラルサ時代への移行
イッビ・シンがエラムに連れ去られた後に、メソポタミアの状況を解説します。
最初期からメソポタミア南部に定住し、都市文明の基礎を築いてきたシュメール人が歴史の表舞台から姿を消したことで、メソポタミアは新しい時代へと突入することになりました。
ウル第三王朝の滅亡後、イシュビ・エッラが建てたイシン第一王朝は、シュメールやアッカドの地方において有力な勢力として台頭します。
一方、メソポタミア南部のもう一つの重要都市であるラルサも急速に発展し、独自の政治力を持つようになっていきました。
ラルサはイシン第一王朝から独立して出来た勢力です。
こうして、ウルの後継をめぐってイシンとラルサが並び立つ構図が生まれ、メソポタミア地方はイシン・ラルサ時代へと移行していきます。
ただし、メソポタミアを統一したのはイシンでもラルサでもなく、バビロン第一王朝のハンムラビです。
| 先代:シュ・シン | イッビ・シン | 次代:(滅亡) |