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金毛は冷静な判断力を持つ将軍

2026年7月2日

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宮下悠史

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名前金毛(きんもう)
登場キングダム
コメント冷静な判断力を持った将軍

金毛は漫画キングダムに登場する架空の人物です。

黒羊丘の戦いで慶舎配下の将軍として参戦しました。

金毛はずんぐりむっくりの体型ですが、冷静な判断力を持ち時には熱く語る将軍でもあります。

摩論とは互角の戦いを繰り広げています。

慶舎が信に討たれた後は、紀彗と共に軍をよく纏めました。

紀彗が離脱すると、実質的に趙の総大将として戦いますが、桓騎に抗する事が出来ず岳嬰と共に撤退しています。

朱海平原の戦いでは河了貂を追い詰めるも、蒼淡の矢で金毛は最後を迎えました。

金毛と黒羊丘の戦い

金毛は後方に待機

金毛は黒羊丘の戦いで、慶舎の配下として岳嬰と共に参戦しました。

黒羊丘の戦いでは最初に紀彗配下の劉冬馬呈が功績を挙げています。

金毛は慶舎らといましたが「軍が丘上に展開する間が最も無防備。本陣を上げるのは先鋒隊が砦の基礎を築いてからでも遅くはない」と述べました。

この金毛の言葉から、軍師の才がある事が分かるはずです。

岳嬰がゼノウ雷土と交戦し、慶舎は後続部隊を急襲しました。

金毛と紀彗は後方にいましたが、紀彗が「大丈夫か」と訪ねると、金毛は「岳嬰なら大丈夫だ。あんたの左の賭けより万倍安心できる。慶舎様が自ら打って出られた。あの敵は終わりだ」と述べました。

金毛が慶舎や岳嬰に対し、絶大なる信頼がある事が分かるセリフでもあります。

慶舎や岳嬰はゼノウや雷土を追い詰めますが、火兎の笛が鳴ると軍は撤退に移りました。

金毛と摩論の戦い

戦いが二日目に突入すると、金毛は丘の斜面で摩論と戦いを繰り広げる事になります。

摩論は冷静に「第三波お行きなさい」と述べますが、金毛は荒々しく「ぶちかませ者共。盗賊風情のクズ共に正義の鉄槌をくれてやれ」と述べました。

開戦と同時に摩論と金毛の軍は激戦となりますが、力が拮抗し勝負はつかなかったわけです。

反対の戦場では黒桜が優勢に戦っていましたが、紀彗が現れると一気に巻き返し、こちらも勝敗がつかずに黒羊丘の戦いの二日目は終わりました。

黒羊丘の戦いは三日目に何も起こらずに終わっています。

金毛の胸騒ぎ

四日目になると劉冬馬呈の軍が飛信隊を押しており、そこに総大将の慶舎も動いたわけです。

慶舎は飛信隊を壊滅させ、桓騎を動かそうとしました。

金毛は慶舎が動いた事を聞くと「胸騒ぎ」を覚えました。

側近たちは飛信隊が壊滅すると考えて喜びますが、金毛は「愚か者。初日とは全く違う」と述べています。

初日の戦いでは慶舎のアミに桓騎軍の左翼が引っ掛かったために、慶舎は出陣しましたが、今回の慶舎は目障りな飛信隊を討つために出撃したわけです。

金毛は好機であった三日目に動かなかった桓騎に、慶舎が苛立ちを覚えて出陣したのではと考えました。

それと同時に、慶舎の出陣を桓騎が笑っていると考えたらと思い「ゾッとした」とも思案しています。

金毛の胸騒ぎは的中し、桓騎軍の最強の武を誇るゼノウが慶舎に向かって突撃を始めたわけです。

この瞬間に金毛は慶舎がはめられたと気付きました。

金毛と李牧

慶舎に危機が訪れますが、金毛は李牧の言葉を思い出していました。

李牧は「実践で慶舎を討つのは、私でも至難のワザ」だと述べ「慶舎は常に自分の張り巡らせたアミの中で相手の失敗を”待つ”からです」と告げます。

つまり、慶舎は蜘蛛のように罠を張り巡らせ、相手が張り巡らせた罠に入ったところで討つのが戦法だという事なのでしょう。

李牧は慶舎を討つためには「慶舎自身をアミの外」に出す必要があると述べました。

李牧は金毛に「慶舎がアミの外に出たならば、討たれる恐れがある」と告げていたわけです。

黒羊丘の戦いの慶舎が飛信隊を討つために丘を降りた姿こそが、李牧の言っていたアミの外だと金毛は気付きました。

金毛は三日目に桓騎が動かなかったのは、慶舎の首を狙うための仕掛けだった事に気付いたと言えるでしょう。

桓騎の恐ろしさを金毛は気付き救援に行こうとしますが、前面にいた摩論に阻まれる事になります。

金毛の胸騒ぎは的中し、慶舎は信に討ち取られました。

金毛の決意

紀彗は慶舎の死の知らせが入ると、金毛に使者を派遣し頂上に来るように伝えました。

金毛は慶舎の死を知ると呆然としますが、直ぐに立ち直り、被害を最小限にする様に撤退を進言し、自ら殿になると告げる事になります。

しかし、紀彗は立て直しを強く主張し、金毛は総大将の慶舎が討たれた事もあり、強く難色を示すも、紀彗は「慶舎の死は誰にも気づかれてはいない」と主張し熱く語りました。

紀彗の言葉に心を動かされた金毛は「意地でも黒羊をに渡さぬよう、この金毛あえて主の死をふせて戦おうではないか」と徹底抗戦を決意する事になります。

左側の戦場は馬呈黒桜と対峙し、右側の戦場では金毛に紀彗が協力して戦う事になりました。

紀彗が秦の摩論を攻撃し、出来た隙をついて金毛が突撃を仕掛けたわけです。

軍は慶舎の死が知られる前に、勝負を決めようとしました。

こうした中で秦の本陣にいた桓騎は砂鬼一家を呼び出し、紀彗の事を調べ上げた上で、全兵撤退の指示をしています。

夜になると、趙軍では金毛、紀彗、岳嬰らが徹底抗戦の決意を固めました。

金毛の熱弁

桓騎は自らの残虐性を紀彗に教えた上で、離眼城に軍を進めました。

紀彗は離眼の民の事を第一に考えており、離眼城の救援に赴こうとしたわけです。

これを聞いた金毛は「冷静になれ。戦略的に桓騎軍が離眼を落す意味はない。飛び地の離眼を奪っても軍に包囲され滅せられるだけだ」と述べています。

さらに、金毛は伏兵の事も述べますが、馬呈は「城主(紀彗)はそんな事は分かっておる」と言い放ちました。

金毛は「せめて二日待ってほしい」と告げ、砦が完成すれば慶舎軍だけで、丘を守れると述べますが、紀彗は難色を示す事になります。

岳嬰は紀彗に槍を突きつけますが、馬呈と一触即発となります。

これを見た金毛は「紀彗を殺せば全離眼兵は決死隊となって我らに襲い掛かる」と伝えました。

金毛は岳嬰には「お前は歩兵からやり直してこい」と言い放っています。

金毛は現在の実質的な趙の総大将は紀彗だとしながらも「我々慶舎軍は離眼のためではなく、趙国を守るために黒羊に戦いに来たのだ」と述べ、黒羊を失う事の大きさを語りました。

金毛は熱弁し、紀彗が離脱すれば「離眼一城の為に趙国西部一帯が失われるやも知れぬのだ。それほど重い選択なのだ。よく考えて行動しろ」と述べますが、紀彗の心を変える事は出来ませんでした。

紀彗は離眼城に向かい離脱する事になります。

これを見た桓騎は兵を返し黒羊に戻ってきました。

撤退

紀彗は去りましたが、金毛と岳嬰は徹底抗戦の構えを見せます。

この時点で趙軍の実質的な総大将は金毛だった事でしょう。

軍は攻撃を仕掛けが建造した砦はゼノウ一家と飛信隊が突破しました。

金毛は敗北を認め岳嬰と共に撤退する事になります。

桓騎は黒羊の丘に登り勝利を決めました。

黒羊丘の戦いは秦の勝利に決まったわけです。

金毛の最後

朱海平原の戦いにも金毛は参戦しており、李牧の本陣を守りました。

15日目にの左翼が抜かれてしまい、金毛は慶舎の仇を討つために出陣する事になります。

金毛はの右軍の進軍を防ぎますが、亜花錦が率いる亜光軍の到来により形成は逆転しました。

飛信隊に突破されると金毛は自ら出陣しようとしますが、竹進に止められ李牧の中央軍に後退し指揮を執る事になります。

金毛は河了貂を追い詰めますが、蒼淡の矢で射られ最後を迎えました。

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