
| 名前 | 摩論(まろん) |
| 登場 | キングダム |
| 主君 | 桓騎 |
| コメント | 自称紳士 |
摩論は漫画キングダムに登場する架空の人物です。
桓騎軍に所属しており、荒々しい者が多い桓騎軍の中では冷静であり軍師の様な存在でもあります。
本人は「紳士」だと述べたりしています。
黒羊丘の戦いでは飛信隊に作戦を伝えたり、自ら兵を率いて金毛と戦うなどもしました。
李牧と桓騎との戦いでは、桓騎をはじめ黒桜、ゼノウ、厘玉(りんぎょく)、那貴と多くの者が戦死しましたが、摩論は衣央や砂鬼一家と共に生き残っています。
桓騎軍の中では嬴政に趙兵の斬首についての説明もしており、調整役としての機能も果たしています。
摩論と黒羊丘の戦い
摩論の説明
黒羊丘の戦いの前に信は桓騎の本陣に呼ばれました。
信は河了貂と羌瘣と共に、桓騎の本陣に行くと桓騎はオギコに肩を揉まれており、雷土もいましたが、桓騎は「摩論」の名前を口にしました。

桓騎軍は野盗出身の者が多く荒っぽいわけですが、摩論は丁寧な口調で喋り出す事になります。
摩論は黒羊が広大な樹海で落とすべき城が存在しない事を告げました。
ここで河了貂が「代わりに五つの丘がある」と喋ると、黒桜は「しゃしゃり出んなガキ」と述べますが、摩論は構わないと言い黒桜に黙る様に告げました。
摩論は河了貂を軍師と呼んでおり、実力を見抜いていた様でもありました。
摩論は黒羊丘の戦いは、五つの丘を全て占拠すれば我々の勝ちと告げています。
さらに、摩論は樹海に道を作るべく二つの矢を放つと言い、左は雷土で右が飛信隊としました。
摩論は雷土と飛信隊が前線で敵を食い止めてくれれば、秦軍は労せず3つの丘を取り戦いを有利に進める事が出来ると告げたわけです。
摩論の態度は丁寧な言葉で紳士だと感じた人も多いのではないでしょうか。
それと同時に、桓騎軍では荒々しい者が多いイメージですが、オギコや摩論などもおり、様々な人々が寄せ集まって出来ている様にも見えたはずです。
紳士摩論
黒羊丘の戦いは初日が終わりますが、翌日の夜明け前に摩論が飛信隊の元に訪れました。
信は行方不明になっていた羌瘣が帰還したと考えますが、羌瘣ではなくやって来たのは桓騎軍の摩論だったわけです。

摩論は自己紹介を行っており、自らを”紳士”摩論と名乗っています。
信は「こんな夜明けから何の用だ」と怒鳴りますが、摩論は「二日目からの作戦を伝えに来た」と述べました。
ここで摩論は何を言うかと思えば河了貂に「この隊はお茶くらい出ないのですか」と述べると、信は「お前ン所もでねぇだろ」とツッコミを入れています。
河了貂は冷たいお茶を出しますが、摩論はお茶に関してあれこれと述べ、信には「いいから始めろ」と再び怒鳴られています。
摩論は本題に入ると黒羊丘の戦いは、中央の丘を手に入れれば十中八九勝利出来ると告げました。
秦と趙の中央軍は丘の何処かで戦闘になり、戦闘の鍵を握るのは左右にいる飛信隊と雷土の部隊だとしました。
摩論は中央丘の横まで軍を進めるのが最低限の約束だと心得ておくようにと述べると、桓騎からの伝言として「失敗した時は砂鬼一家が訪れる」と凄味を利かせています。
砂鬼一家の言葉を出した摩論からは、先ほどのおちゃらけた感じはせず、砂鬼の恐ろしさをよく分かっている様でもありました。
尚、摩論は黒羊丘の戦いの二日目は左半円で趙の金毛と戦いました。
金毛との戦いは互角で終わる事になります。
摩論と黒桜
黒羊丘の戦いの三日目が終わると摩論の所に、黒桜が訪ねてきました。
三日目の戦いでは「誰もが何かが起こる」と思いながらも、桓騎は動かず肩透かしを食らったわけです。
ここで、黒桜は黒羊で戦った紀彗の事を摩論に聞きました。
摩論は「趙国が抱える危険な武将の名は一人と漏れず私の頭に入っていますが、紀彗の名前はありませんよ」と応えています。
しかし、紀彗と戦った黒桜は只者ではないと考えており「戦いの鍵を握る男」として、お頭から伝者が来たら伝えてくれと言われました。
紀彗に関してはノーマークでしたが、軍師らしくかなりの情報通だという事が分かる言葉でもあります。
黒桜に言われて摩論も「一体何者だ」と紀彗を警戒する様になりました。
丘を明渡す
黒羊丘の戦いは四日目になると、桓騎の態度に苛立った総大将の慶舎が苛立ち、飛信隊に向けて攻勢を仕掛けました。
これを待っていたのが桓騎であり、ゼノウに慶舎の攻撃を命じ、慶舎は最終的に信により命を落とす事になります。
慶舎は亡くなりましたが、紀彗と金毛は抗戦を続ける事になり、両名で協力して摩論の軍を攻撃しました。
しかし、桓騎は全軍を撤退させ黒羊の中央の丘を趙に明け渡しています。
桓騎の行動に摩論も理解できず、幹部たちの集まりでは「雷土さんが凄んでますので、理由を教えてあげて頂けませんか」と問いました。
ここで桓騎は「弱者をいたぶる」と述べて、近隣の村を襲い虐殺しました。
桓騎の発想は軍師の摩論の上をいっているわけです。
私には無理かと
桓騎の虐殺が許せず、飛信隊の一部は桓騎の本陣に乗り込んでくる事になります。
雷土と信の殴り合いとなりますが、羌瘣は桓騎の首に剣をあて人質としました。
黒桜は「摩論。そのクソ娘をさっさと殺せっ」と述べますが、摩論は「私には無理かと」と涼しい顔で述べています。

摩論は己と羌瘣の武勇の差を認知しており、冷静に出た言葉なのでしょう。
信は嬴政の中華統一の話を出したりしますが桓騎は「極悪人」とし「狂気じみた正義をふりかざしてしでかしちまうバカが」としました。
桓騎の言葉を聞いた摩論も「怖いですねェ。自覚がない分なおさら」と口にしています。
この後に、尾平が仲裁に入りますが、信と揉める事になり、この後に飛信隊は自らの陣地に戻りました。
桓騎は虐殺行為を紀彗に見せる事で、紀彗は黒羊の丘を去り、金毛と岳嬰は持ちこたえる事が出来ず、秦軍の勝利が確定しています。
摩論は桓騎の残虐行為の意味を分かっていたのでしょう。
黒羊丘の戦いが終了すると、摩論は雷土らと共に飛信隊の陣を訪れました。
摩論は飛信隊に警羅隊も行う様に伝えますが、河了貂が反発するも信は納得する事になります。
摩論は立ち去る時に「監視役の那貴さんは、もう桓騎軍(こっち)に戻りましたので」と伝えており、那貴が飛信隊に送り込んだのは、監視目的だった事が分かります。
ただし、黒羊丘の戦いが終わると、那貴は飛信隊に移りました。
摩論と趙兵数万斬首
雷土の死
平陽の戦いで雷土は龍白公を討ち取りますが、捕虜となりバラバラの姿で箱に詰められて桓騎軍の元に送られてきたわけです。
ここで砂鬼から、雷土は拷問をされても何一つ喋らずに死んだ事も明らかになります。
これを聞いた摩論は「雷土さんはお頭の作戦を知っていました。雷土さんが喋っていれば我々は完全に負けていました」と述べ項垂れています。
摩論と雷土が戦友だった事が分かるシーンでもあります。
桓騎は趙の捕虜になった数万を全て斬首しました。
摩論の言い訳
桓騎が捕虜数万を斬首した事に、秦の朝廷では衝撃を受ける事になります。
李斯は朝廷で桓騎を糾弾し、嬴政は昌文君と共に自ら軍を率いて桓騎の元に向かいました。
嬴政が軍を率いて向かっている事に危機感を覚えたのが、摩論であり「勝利の労いにきたわけではなく、捕虜虐殺への怒り」だと察知しています。
嬴政は数万の軍を率いており、摩論は本気さを理解しました。
摩論は尹紀に命令し、急いで桓騎、黒桜、厘玉(りんぎょく)ら幹部を集めたわけです。
嬴政は桓騎に捕虜の虐殺について問いますが、桓騎は悪態をつき嬴政は桓騎の斬首を命じました。
黒桜は桓騎を守ろうとしますが、ここで摩論は「待って下さい」と慌てて止めています。
摩論は相当慌てており、どもりながら「紳士・・」の言葉も出しますが、訂正し軍師の摩論だとしました。

摩論は「あの時に扈輒軍に逆転され敗れる可能性があった」と告げる事になります。
扈輒の軍に勝ったのは奇跡であり、王翦の軍が来ると嘘報を流して勝利したとし、嘘がバレて捕虜が反乱を起こせば形勢が逆転するから、仕方なく斬ったとまとめたわけです。
摩論は「ここまでのことはしたくなかった」と述べますが、嬴政には通じず「皆殺しにする必要はあったのか。その道理で言うなら、戦力差が埋まれば、そこで止められたはずだ」と激昂しました。
嬴政と桓騎の話し合いとなり、平行線を辿りますが、最終的に摩論の説明と扈輒の軍を破った功績、昌平君の評価により桓騎は許される事になります。
桓騎が六将を剥奪される事もなく、摩論の言い訳じみたフォローは役立ったと言えるでしょう。
桓騎軍の生き残り
平陽の戦いの後に李牧と桓騎の戦いとなりますが、桓騎は窮地に陥りますが、オギコを摩論の元に向かわせる事になります。
この時に、摩論の部隊では敗北覚悟で桓騎を助けに行くかで揺れていたわけです。
摩論も悩みましたが「来なくていいからお頭は私たちを遠くに離しておいたのです」とし、桓騎の元に向かわない方針にしようとしました。
しかし、摩論は桓騎と出会った頃を思い出し、桓騎を助けに行こうとしますが、このタイミングでオギコが到着したわけです。
オギコの言葉により、摩論も飛信隊の元に向かう事になります。
李信の部隊に到着したオギコは桓騎の伝言を伝え、六将の首飾りも嬴政に返すようにと命じました。
桓騎の言葉を聞くと、李信は助けに行こうともしますが、摩論は反対しました。
摩論は桓騎が中央の敵を引き付け、楽華隊と飛信隊が脱出できる形になっていると伝えたわけです。

「お頭を完敗で終わらせないでください。信」と熱く述べ、李信は撤退を決断しました。
この後に、那貴が桓騎の元に戻ると言いだしますが、摩論は那貴の言葉を尊重する様に信を諭しています。
李牧との戦いで桓騎軍は桓騎をはじめ黒桜、ゼノウ、厘玉(りんぎょく)と多くの者が討死しましたが、摩論は衣央や砂鬼一家と共に生き残ったわけです。
摩論は信には「あなたが誰よりも桓騎の死を一番悔しがっているんですよ。信」と伝える事になります。
この言葉で、キングダムの肥下編は完全に終わったと言えるでしょう。
摩論は桓騎軍の生き残りとなりました。