その他 三国志 後漢

厳政は裏切った黄巾賊

2023年1月10日

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宮下悠史

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名前厳政(げんせい)
生没年不明
登場三國志演義
主君張宝
年表184年 黄巾の乱
コメント三國志演義に登場する架空の人物
画像©コーエーテクモゲームス

厳政は三国志演義に名前が登場する人物です。

ただし、厳政の名は正史三国志や後漢書、資治通鑑などには無く架空の人物だと考えられています。

厳政は張宝配下の武将として描かれていますが、形勢が不利だと悟ると張宝の首を差し出し降伏しています。

これにより、抵抗を続けた黄巾賊は主力軍を失う事態となります。

厳政が張宝を殺害した後の黄巾賊は趙弘韓忠、孫仲らが戦いを継続しますが、結局は朱儁劉備の前に敗れました。

今回は三国志演義のオリジナルキャラである厳政の解説をします。

尚、厳政は架空の人物であり、史実では陽城県の戦いも行われていません。

今回のお話は三国志演義の物語中の話だと思って、読み進めてください。

因みに、厳政が登場するのは三国志演義の第二回です。

敗走する黄巾賊

張角亡き後も、弟の張宝や張梁は黄巾党を率いて戦いを継続しました。

しかし、張宝は朱儁劉備関羽張飛らに攻撃され、副将の高昇も敗れ、張宝自身も矢傷を負い陽城県に籠る事となります。

この時に、張宝配下としていたのが、厳政となります。

黄巾賊は各地で破れ皇甫嵩盧植曹操の功績が認められ恩賞を賜わるなど、黄巾賊の崩壊は目前だったわけです。

三国志演義の物語には書かれていませんが、陽城県で籠城する厳政も不安だった事でしょう。

この時の陽城の城中には絶望感もあった様に感じています。

張宝を殺害

陽城県を囲む朱儁は、官軍が各地で黄巾賊を破った事を確認すると、総攻撃を仕掛けてきました。

三國志演義では、次の様に記述されています。

※完訳三国志演義 岩波文庫1巻32頁より

賊軍の勢い危うしと見るや、賊軍厳政が張宝を刺し殺し、その首を土産に降参した。

上記の記述を見ると分かる様に、厳政は張宝を裏切り官軍に降ったという事です。

ただし、三国志演義の記述を見る限りだと、厳政は自らの保身のために張宝を裏切った事になるでしょう。

ここにおいて張角、張梁、張宝と黄巾賊の主力が戦死し、黄巾の乱は一気に集結するかに思えました。

厳政が張宝の首を届けた後には、朱儁が数郡を平定した記述に繋がります。

しかし、厳政が張宝を討っただけでは、三国志演義の黄巾の乱は終わらず趙弘韓忠、孫仲が立ち塞がり、朱儁、劉備関羽張飛らと戦う事となります。

三国志演義のシナリオでは厳政が張宝を斬っても、黄巾の乱は終わらなかったわけです。

因みに、三国志演義で厳政の名が挙がるのでは、ここだけであり、その後は物語に一切登場しません。

厳政の最後も描かれておらず、張宝の最後を描く為に、羅貫中が捜索したキャラだと言えるでしょう。

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