その他 三国志

樊氏(はんし)は傾国の美女と言われるも趙雲に拒絶されていた

2022年4月27日

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名前樊氏(はんし)
生没年不明
勢力趙範
時代三国志、後漢末期
コメント趙雲に興味を持たれなかった傾国の美女

樊氏は趙範の兄嫁だった女性です。

樊氏は三国志演義では趙範が趙雲に縁談を勧めた話があり、架空の人物に思うかも知れません。

しかし、樊氏の名は正史三国志の注釈『趙雲別伝』に名前が登場し、実在した可能性が高い人物です。

正史三国志でも趙範の意向により、樊氏を趙雲に娶らせようとした話があります。

ただし、趙雲は樊氏の美貌を見ても心を動かされず、縁談の話を断わりました。

今回は趙範の兄嫁で未亡人となり、傾国の美貌を持ったとされる樊氏の解説をします

趙雲の樊氏に対する態度を見るに、趙雲の硬派な様がよく分かる様な気がします。

正史三国志の樊氏

正史三国志に先主伝を見ると赤壁の戦い後に、劉備は荊州の四郡を攻撃し劉度韓玄金旋、趙範を降しました。

趙範は桂陽太守をしていたわけですが、劉備は桂陽太守を趙雲に変えています。

趙雲はこの時に、偏将軍にも任ぜられています。

趙範は降伏した事で切羽詰まり、趙雲との誼を結ぼうと考える様になり、樊氏を使う事にしました。

樊氏は趙範の兄嫁でしたが、この時には未亡人となっており、美貌の持ち主だった事もあり、趙雲を樊氏に娶らせようと考えたわけです。

趙範は趙雲に樊氏を妻にする様に勧めますが、趙雲は次の様に述べています。

趙雲「趙範殿と私は同性です。貴方の兄嫁だった方であれば、私の兄の妻という事になります。

辞退させて頂きます。」

趙雲は樊氏との縁談をきっぱりと断ったわけです。

しかし、樊氏が美人であったからなのか、趙雲の側近が樊氏を娶る様に勧めると、趙雲は次の様に答えました。

趙雲「趙範は切羽詰まり降伏しただけである。心の奥底では何を考えているのかも分からない。

それに天下に女性は大勢いる」

趙雲は樊氏を世の中に沢山いる女性の中の一人として考えており、趙範を信用していなかった事から断ったわけです。

趙範の方は樊氏を趙雲が娶らなかった事もあり、危険を感じたのか逃亡しました。

この後に、趙範や樊氏がどの様になったのかは記録がなく分かっていません。

三國志演義の樊氏

趙雲に樊氏を紹介

樊氏は三国志演義にも登場し、正史三国志に比べると詳細に書かれています。

桂陽太守の趙範は曹操の配下ではありましたが、趙雲が攻めて来た事を知ると、降伏しようとしますが、陳応鮑隆が戦いを主張しました。

しかし、陳応が趙雲に呆気なく敗れ、趙範は趙雲への降伏を決断しています。

趙範は趙雲を役所に招き酒宴を開きました。

三國志演義では趙範と趙雲は同郷という設定になっており、同じ趙氏と言う事で意気投合しています。

宴たけなわとなるや、趙範は奥座敷に趙雲を招き樊氏に酒を注がせています。

この時の樊氏は真白な絹の上衣を着て、傾国の美女とも言える容貌だったと記載されています。

傾国の美女は夏の傑王の末喜殷の紂王妲己周の幽王褒姒が有名であり、それらの女性に匹敵するほどの美貌を樊氏が持っていた事になるでしょう。

樊氏は部屋から出て行き奥に移動しました。

樊氏の条件

趙範は趙雲に兄嫁の樊氏だと紹介すると、趙雲は次の様に答えています

「兄嫁に酒を注がせるとは度が過ぎる」

すると、趙範は樊氏は既に未亡人になっているから、気にする必要はないと述べます。

趙範は樊氏に何度も再婚を打診したが、樊氏には新たに嫁に行くなら、次の条件を満たしていなければ、嫌だと述べていると趙雲に伝えました。

人並優れた人物である事

兄と同姓である事

武芸全般に優れている事

趙範は樊氏のいう3つの条件を満たしている人物は、まずいないと述べ、趙雲だけが満たしていると述べます。

しかし、趙雲は趙範の女性を使っての色仕掛けの策だと感じたのか、怒気を発し次の様に言い放ちました。

趙雲「樊氏がお前の兄嫁なら、自分にとっても兄嫁ではないか。

人倫を乱す事が出来ると思うのか」

趙雲は激怒し、樊氏との縁談を断わったわけです。

さらに、趙雲は桂陽の城を出て去っていきました。

趙雲は樊氏が待つ奥の座敷には行かなかったわけです。

樊氏は美貌で名が知られていたわけであり、趙雲にプライドを傷つけられた可能性もあるでしょう。

後日談

趙範は後に趙雲に降伏し、劉備や諸葛亮の前に行きました。

趙範は劉備や諸葛亮の前で「樊氏を勧めたのか好意からであった」と述べます。

この時に諸葛亮が趙雲に、次の様に述べています。

諸葛亮「美色を好まぬ人はいないのに、なぜ其方は断ったのか」

諸葛亮の問いに対し、趙雲は樊氏との縁談を断わった理由として、下記の4つを提示しました。

趙範の兄とは郷里で面識があり、これを娶ったら爪はじきになる

樊氏から見れば再婚は操を穢す者ものになる

趙範は降伏したばかりで信用出来なかった

劉備が荊州を安定させるのを優先したかった

劉備は趙雲の言葉を聞くと樊氏と趙雲の仲立ちをしようと提案しますが、趙雲は正史三国志と同様に「天下に女性は少なくない」と述べて断りを入れました。

さらに、趙雲は妻子がいなくても気にしないと述べたわけです。

劉備は美人の樊氏を娶らなかった趙雲に「其方は真の丈夫だ」と述べています。

三國志演義でも、この話以降に樊氏は登場しなくなり、どの様になったのか不明です。

尚、趙雲には趙統、趙広の二人の子がいた話がありますが、どちらも樊氏の子ではなく、樊氏と趙雲は最後まで結ばれなかった様に思います。

諸葛亮は趙雲に「美人を好まぬ男はいない」様な事を述べていますが、諸葛亮は黄承彦の娘である月英を妻としましたが、月英は美人ではなかったとする話があります。

それを考えると、諸葛亮や趙雲は女性の美しさは二の次であり、趙雲が樊氏に興味を示さなかったのも当然だと言えます。

樊氏の能力値

三国志14統率18武力17知力56政治54魅力65

この記事を書いた人

構成・文/宮下悠史

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