古代日本 日本神話

木俣神(きまたのかみ)は御井神社などに祀られている神

2022年2月7日

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名前木俣神(きまたのかみ)別名:御井神(みいのかみ)
登場古事記、出雲風土記
親族父親:大国主 母親:ヤガミヒメ
生没年不明
コメント木の俣に挟まれるも安産祈願の神となる
関連御井神社、津田神社、気多若宮神社、大井神社など

木俣神は大国主とヤガミヒメの間に生まれた子です。

木俣神は古事記などには簡略な記述しかなく、木の俣(また)に置かれた事から、木俣神と呼ばれる様になった話があります。

木俣神は古事記の中でも、非常に登場するシーンは少ないのですが、祀られている神社もあります。

後述しますが、木俣神の伝承が伝わっており、安産祈願や水の神として祀られる事になりました。

成長した木俣神が、どの様になったのかは記録がありませんが、古事記の一つのシーンだとも言えるでしょう。

今回は木の俣に挟まれて、ある意味、捨て子にされてしまった木俣神を解説します。

尚、アニメ「君の名は」では、木俣神が祀られている気多若宮神社が登場し話題になっています。

大国主とヤガミヒメの間に生まれる

木俣神の父親は大国主であり、母親はヤガミヒメです。

大国主が大穴牟遅神と呼ばれていた頃に、因幡の白兎を助けます。

因幡の白兎は大国主がヤガミヒメの心を掴むと述べ、本当に大国主がヤガミヒメと結婚する事になったわけです。

紆余曲折はありましたが、大国主は八十神を倒した後に、ヤガミヒメとまぐわいを行い誕生したのが、木俣神となります。

木俣神の母親であるヤガミヒメは絶世の美女であり、父親は出雲を支配する大国主となり、木俣神は高貴な存在でもあったはずです。

しかし、木俣神の母親であるヤガミヒメは美しいの神様ではありましたが、大国主の正妻になる事が出来ませんでした。

捨て子

大国主は黄泉の国で、スサノオの娘であるスセリビメと男女の仲になっています。

大国主が黄泉の国から地上に戻る時には、スセリビメを地上に連れて来ました。

スセリビメはスサノオの娘であり荒々しさがあったのか、大国主の心がヤガミヒメに向かう事を畏れたのか、ヤガミヒメは因幡に帰る決断をします。

ヤガミヒメが因幡に帰る時に、古事記には下記の記述があります。

「ヤガミヒメは自分の生んだ子を木の俣に挟んで、稲羽の国に帰ってしまった。

木の俣に挟んだ子の事は、木俣神と名付けられた。別名は御井神(みいのかみ)と呼ぶ。」

この話を見ると、木俣神は捨て子になってしまった様にも感じます。

さらに、木俣神の別名が御井神だと記録があります。

古事記の中には、イザナギとイザナミの最初の子であるヒルコは、海に流されてしまいますが、七福神の恵比須様となり帰ってきた話があります。

しかし、残念ながら木俣神は捨て子となりますが、この後にどうなったのかは分からない状態です。

世界の神話を見るとアッカドサルゴンの様な捨て子伝説もありますが、木俣神は捨て子伝説とはいかなかったと言えます。

ただし、大国主は優しい性格の持ち主であり、大国主が木俣神を引き取った可能性もあるでしょう。

御井神社と安産祈願

木俣神の別説が存在し、そちらの方がヤガミヒメと木俣神に関しての詳細な話しであり、御井神社と合わせて解説します。

ヤガミヒメは臨月となり、大国主に報告に行こうと思いました。

しかし、大国主には正妻のスセリビメがおり、スセリビメに気を遣いヤガミヒメは大国主と会う事もしませんでした。

この後に、ヤガミヒメは出産し木俣神を生む事になります。

御井神社の近くには、生井、福井、綱長井と3つの井戸があり、それらをヤガミヒメが周りました。

ヤガミヒメが井戸を産湯として使い、その後に木俣神を木の俣に預けて因幡に帰ったと伝わっています。

ヤガミヒメが木俣神の為に使った3つの井戸は、日本最古の井戸とも考えられています。

この事から木俣神は御井神と呼ばれた話もあり、安産祈願と水の神様として祀られる様になったと伝わっています。

尚、御井神社の境外摂社である実巽神社には、木俣神の母神であるヤガミヒメも祀られています。

木俣神を祀る神社は、三重県の津田神社、岐阜県の気田若宮神社、京都の大井神社などがあります。

神社名住所電話番号
御井神社〒699-0631 島根県出雲市斐川町直江25180853-72-3146
津田神社〒519-2186 三重県多気郡多気町井内林159−1 
気田若宮神社〒509-4212 岐阜県飛騨市古川町上気多12970577-73-2568
大井神社〒621-0013 京都府亀岡市大井町並河1丁目3−250771-22-5066

この記事を書いた人

構成・文/宮下悠史

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