古代日本 日本神話

大国主は出雲を統治し繁栄させた

2023年12月8日

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宮下悠史

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名前大国主(おおくにぬし)
別名大穴牟遅神、於保奈牟知、宇都志国玉神、大汝、国作大己貴命、
八千矛神、葦原醜男、大穴道、大国魂神、、地津主大己貴神
大物主神、伊和大神、所造天下大神、国作大己貴神、
杵築大神、幽世大神、幽冥主宰大神、など
登場日本神話、出雲神話
記録古事記、日本書紀、風土記など
両親父親:天之冬衣神 母親:サシクニワカヒメ
コメント縁結びの神として有名であり180人の子がいたともされる。

大国主は日本神話に登場し、日本を最初に統治した神とも言えます。

大国主はスサノオの子孫であり、最初は兄の八十神の荷物持ちをさせられるなどパッとしない神様でした。

しかし、因幡の白兎の話ではヤガミヒメに選ばれています。

ヤガミヒメに選ばれた事で八十神の怒りを買い命を落としますが、母親のサシクニワカヒメらに生き返らせて貰いました。

後に大国主は根の国に行きスサノオの元で、修業を積みスセリビメと駆け落ちし、地上に舞い戻っています。

根の国から戻った大国主は想像を超える力を持つ様になり八十神を倒し出雲の主となります。

大国主は小人のスクナビコナと国造りに励む一方で、ヌナカワヒメと恋仲にもなりました。

大国主は多くの女神と交わった事から、縁結びの神様ともなっています。

天照大神が地上を得ようとすると、一定の抵抗は見せましたが、最終的には建御雷神の前に屈しました。

これが出雲の国譲りとなります。

ただし、大国主は敗れはしましたが、出雲大社に祀られる事になりました。

大国主は出雲神話の主人公といえるべき神となります。

因みに、大国主が一人の人物を現わしているとすれば、全盛期と滅亡の両方を味わった君主となるはずです。

尚、大国主の名はスサノオが根の国から出る時に与えられた名であり、本来は大己貴命(オオムナジ)と呼ぶのが普通だったりします。

しかし、ここでは分かりやすくする為に、全て大国主の名で呼ぶ事にします。

大国主と天照大神の関係

大国主と天照大神の関係は、よく言われる所でもあります。

天照大神の弟がスサノオであり、スサノオの6代後の子孫が大国主です。

これを考えると大国主と天照大神の関係は遠いと思うかも知れません。

しかし、大国主はスサノオの娘であるスセリビメと結婚をしており、大国主は天照大神の姪と結婚した事になります。

ただし、日本神話や出雲神話の世界は年齢の設定があってない様なものであり、さらに、天照大神とスサノオも姉弟の設定にはなっていますが、イザナギを行った時に顔から月読命と共に誕生しました。

それらを考慮すると天照大神とスサノオも本当の姉と妹なのか?という疑問もあり、大国主と天照大神の関係も、かなりあやふやな設定だと言えるでしょう。

多くの神は寿命という概念がなく、設定をややこしくしているとも言えるはずです。

因幡の白兎

ヤガミヒメが美人だという話を聞くと、兄の八十神らは求婚に向かいました。

大国主は当時は大巳貴命(オオムナジ)と名乗っており、兄たちの荷物持ちをさせられ最後部を歩いていたわけです。

ヤガミヒメの元に向かう途中に鰐に襲われ、怪我をして苦しんでいる白兎がいました。

八十神らは白兎に嘘の状態を教えた事で、白兎はさらなる激痛に襲われ苦しむ事になります。

ボロボロになった兎を大国主が見ると、正しい情報を与えた事で白兎の怪我は回復に向かいます。

白兎は大国主に感謝し「ヤガミヒメはきっと貴方を選ぶ」と予言しました。

後に大国主がヤガミヒメの元に到着すると、ヤガミヒメは大国主の妻になると宣言する事になります。

大国主はいじめられっ子だったはずが、美人のヤガミヒメの心を射止める事に成功しました。

これが因幡の白兎の物語となります。

しかし、物語は「めでたし、めでたし」では終わらなかったわけです。

八十神の災厄

大国主はヤガミヒメと恋仲になりますが、その後にヤガミヒメとどの様な関係を続けたのかは不明です。

しかし、大国主はヤガミヒメと結ばれた事で、兄の八十神らは大国主を恨み嫉妬しました。

八十神は大国主に山の麓で猪を捕まえる様に命じ、待ち構える大国主に向かって焼いた岩を投げ落としました。

大国主は岩を全身で受け止めますが、大やけどを負ってしまい亡くなってしまいます。

ここで大国主の母親であるサシクニワカヒメが造化三神神産巣日神に救いを求め、神産巣日神はキサガイヒメとウムギヒメを派遣しました。

キサガイヒメとウムギヒメは大国主を生き返らせる事に成功しました。

生き返った大国主は今までよりも麗しい姿となりますが、八十神は大国主を木の間に挟み再び殺害しました。

大国主は亡くなってしまいますが、サシクニワカヒメが再び生き返らせ大国主には、家宅六神の大屋毘古神を頼る様に伝えました。

大国主は大屋毘古神を頼りますが、八十神が執拗に追いかけてきた事から、根の国のスサノオの元に行く事になります。

根の国

大国主とスセリビメの恋

大国主は根の国に行くとスサノオの娘であるスセリビメが迎えました。

この時に大国主とスセリビメは互いに一目ぼれをし恋仲となります。

スセリビメは大国主を喜び父親のスサノオに「麗しき神がやってきた」と告げますが、スサノオは大国主を喜ばす「そいつは、葦原色許男神(あしはらのしこお)だ」と述べました。

スサノオはスセリビメと大国主が恋仲になっている事が気に入らなかったわけです。

尚、葦原色許男神は「葦原中国の未熟者」とする意味があるとも言われています。

ムカデと鉢

スサノオは大国主をムカデと鉢が大量にいる部屋に案内しました。

スサノオは大国主に対し嫌がらせをしたわけです。

大国主を心配したスセリビメが道具を与えた事で、上手くやり過ごす事が出来ました。

しかし、スサノオの大国主に対する嫌がらせは続きます。

ネズミに助けられる

スサノオは野原に大国主を連れて行くと、鳴り鏑という音がする矢を放ち、大国主に探して来る様に命じました。

大国主が矢を探しに行くと、スサノオは野原に火を点けました。

大国主は絶体絶命のピンチとなりますが、ネズミが穴に身を隠れさせてくれた事で難を逃れます。

スサノオとスセリビメは大国主が亡くなったと思い葬式の準備をしますが、そこに大国主が現れました。

スサノオは大国主を遂に認めたのか、家に招き入れています。

スセリビメと駆け落ち

スサノオは何を思ったのか頭にいるシラミを取る様に大国主に命じました。

ここでも大国主はスセリビメに助けられシラミを取る振りをして、スサノオが寝ている隙に逃亡しています。

大国主はスサノオの髪を柱に縛りつけてから、スセリビメを背負い逃亡しました。

大国主はスサノオの太刀や弓、琴を持っていく事も忘れませんでした。

スサノオは柱に髪が縛り付けられていた事から追撃が遅れます。

大国主の誕生

大国主は黄泉平坂まで逃げ延びると、スサノオは追いつく事が出来ないと悟ります。

スサノオは大国主に次の様に述べました。

※日本神話より

スサノオ「お前が持っている太刀と弓矢で兄弟たちを追い払いお前は大国主となるのだ。

スセリビメを正妻とし立派な宮殿に住めよ。

ばかやろう」

スサノオの激励とも呼べる言葉と共に「大国主」の名が与えられたわけです。

大国主の名は「偉大な国の主」を意味します。

この時点でスサノオは大国主に日本を統治する事を望んだとも言えるでしょう。

尚、大国主とスセリビメに激励と別れを告げたのが、日本神話におけるスサノオのラストシーンとなります。

スサノオにも最後に名場面が与えられました。

日本を最初に統治

大国主は葦原中国に戻ると八十神らを倒しました。

日本神話には大国主がどの様にして八十神を破ったのかは書かれておらず、不明な部分でもありますが、大国主は八十神を破った事で出雲の主となりました。

根の国から帰還した大国主は八十神を圧倒する程の力を秘めていた事になりますが、根の国の出来事を見ると、なぜ強くなったのかは不明な部分が多いです。

ただし、大国主が国津神のトップに君臨する事になったのは間違いありません。

大国主が日本を統治した最初の人物と言われる場合もあります。

しかし、大国主は出雲を統治したに過ぎないとも考えられています。

それでも、大国主が日本第一の勢力になった事は間違いなさそうです。

別れと出会い

大国主はスサノオに言われた様に、スセリビメを正妻としました。

しかし、大国主には因幡の白兎の話で結ばれた美人のヤガミヒメがいたわけです。

ヤガミヒメはスセリビメに遠慮し、木俣神を置いて大国主の元を去りました。

ヤガミヒメはスセリビメの性格を畏れて去ったともされています。

大国主はヤガミヒメとは破綻しましたが、ヌナカワヒメに求婚しました。

ヌナカワヒメと大国主は結ばれ、大国主は縁結びの神らしく多くの女神と関係を持つ事になります。

スセリビメは嫉妬に苦しみますが、大国主は歌でスセリビメを宥めました。

大国主の魅力

大国主は多くの女神と恋仲になり、日本神話で最強のモテ男でもあります。

大国主の魅力を考えると、因幡の白兎に見せた様な優しさと知性を併せ持っていた所なのでしょう。

さらに、大国主は「外見が麗しい」とも言われており、見た目も抜群に良かったわけです。

外見と中身を兼ね備えているのが大国主だったと言えるでしょう。

スサノオとの修羅場を潜り抜けてからは、他の国津神を寄せ付けない強さもあったはずです。

後に天照大神の刺客も魅了してしった様に、人たらしでもあったと言えるでしょう。

スクナビコナと国造り

大国主が海を眺めているとガガイモのサヤを船にした小人がやってきました。

この小人の正体が分からずに、ヒキガエルの多邇具久が、案山子の久延毘古なら知っているのではないかと述べました。

久延毘古は博学であり造化三神神産巣日神の子であるスクナビコナだと答えます。

ここでスクナビコナの正体が判明し、大国主とスクナビコナで国造りに励む事になります。

スクナビコナが倒れた時には、大国主が大分の別府温泉から伊予まで、お湯を持ってくるなどの荒業までやってのけました。

しかし、後にスクナビコナは常世の国に行ってしまいます。

これにより大国主とスクナビコナのコンビは解消されてしまったわけです。

大国主はスクナビコが去ると落胆しています。

大国主と大物主は同一神なのか

大国主はスクナビコナが去った事で不安になりますが、海の方から幸魂・奇魂が現れました。

幸魂・奇魂は大国主に自らを祀る様にと告げています。

大国主は幸魂・奇魂と大和にある御諸山に祀りました。

尚、御諸山には大物主が祀られており、大国主と大物主は同一神ではないか?とする説があります。

日本書紀には大物主の別名が大国主だとする記述も存在します。

大国主と大物主が同一神であるならば、第七代孝霊天皇の皇女である倭迹迹日百襲姫命も大国主が妻にした事になり、さらには大国主の正体が蛇だという事にもなります。

因みに、大国主の話で大和の地名が出ている事から、出雲王朝の勢力圏が大和にまで及んでいると指摘する声もある状態です。

大和の地名から大国主が支配したのは出雲ではなく、大和だったのではないか?と考える専門家もいます。

出雲の国譲り

刺客を懐柔

天照大神は大国主が治める地上を見て苦々しく思っていました。

天照大神は自分の子であるアメノオシホミミが地上を統治すべきと考えたわけです。

アメノオシホミミは天照大神の命令で地上に向かいますが、高天原と葦原中国との間にある天浮橋を見て、足がすくみました。

アメノオシホミミは地上行きを辞退しています。

尚、アメノオシホミミは地上が混沌としており行くのが嫌になったのであり、これを考えると大国主が治める地上は治安が悪かったのではないか?とする説もあります。

天照大神は高御産巣日神や思金神らと相談し、アメノホヒを地上に派遣しました。

アメノホヒは大国主に会うと人柄に惚れ込んでしまい、逆に大国主の家来となります。

大国主の家来となったアメノホヒは3年間も高天原に戻らず報告もしなかったわけです。

天照大神は天津神らと相談し、アメノワカヒコを新たに大国主への刺客としました。

アメノワカヒコは大国主に野心を悟られ、大国主の娘である下照姫と結婚してしまいます。

アメノワカヒコは8年間も高天原陣営に報告もせず、地上で暮らし天照大神や高御産巣日神は雉名鳴女をアメノワカヒコへの使者としました。

雉名鳴女の言葉を嫌った天佐具売がアメノワカヒコに、射殺してしまう様にそそのかしました。

アメノワカヒコは神の武器である天之波士弓を使って雉名鳴女を射殺すると、矢が高天原まで飛んでいきます。

高御産巣日神が矢を投げ返すと、アメノワカヒコに直撃し命を奪う事になります。

国譲り

天照大神高御産巣日神、思金神は拉致があかないと考え、高天原一の武闘派の神である建御雷之男神を地上に向かわせました。

建御雷之男神は天鳥船に乗り出雲の伊耶佐小浜の降り立ちます。

建御雷之男神は大国主を脅し国譲りを強要しました。

大国主は建御雷之男神を畏れ「息子たちが了承するなら」と述べています。

人たらしの大国主であっても圧倒的な武力の持ち主である建御雷之男神の前では、どうしようも無かったのでしょう。

大国主の子である事代主は建御雷之男神を畏れ了承し、もう一人の子である建御名方神は戦って敗れ諏訪まで逃亡しました。

大国主の子である建御名方神は諏訪大社に祀られる事になります。

ここにおいて、大国主は建御雷之男神に「出雲を譲る」と宣言したわけです。

これが出雲の国譲りの話となります。

出雲大社

大国主は高天原の勢力に対し降伏したわけですが、立派な宮殿を造営し自分を祀る様に要求しました。

これが出雲大社であり、天津神らは腕自慢の料理人も大国主の為につけています。

大国主は料理人の腕と出雲大社の出来に満足しました。

大国主が天照大神に屈しても、アメノホヒは変わらず大国主に仕えており、この辺りは大国主の人望の厚さだとも言えます。

アメノホヒは出雲大社の宮司となりました。

出雲大社の造営などを見ると、高天原の勢力は大国主にかなりの譲歩をした事は明らかです。

尚、大国主の出雲の国譲りで出雲神話は終わりを迎える事になり、日本神話は瓊瓊杵尊による天孫降臨の話に移っていきます。

大国主は出雲を天照大神に明け渡したのであり、瓊瓊杵尊は出雲に降り立ってもよい様なものですが、何故か九州に降りたっています。

この辺りは日本神話の謎でもあります。

大国主の出雲神話が終わると、先に述べた様に天孫降臨があり日本神話は日向三代に話を移します。

大国主が祀られている神社

大国主が祀られている神社は全国に数多くありますが、最も有名なのは出雲大社であり、日本人であれば一度は行きたい場所でもあります。

名前住所電話番号
出雲大社島根県出雲市大社町杵築東1950853-53-3100
渋谷氷川神社東京都渋谷区東2丁目5−603-3407-7534
杵築大社東京都武蔵野市境南町2丁目10−110422-31-7307
根津神社東京都文京区根津1-28-903-3822-0753
駒繋神社東京都世田谷区下馬4丁目27−2603-3414-8369
須賀神社(栃木)栃木県小山市宮本町1丁目2−40285-22-0101
貫井神社東京都小金井市貫井南町3丁目8−6042-316-6601
多奈波太神社愛知県名古屋市北区金城4丁目13−16
三河國一之宮 砥鹿神社愛知県豊川市一宮町西垣内20533-93-2001
八坂神社 大国主社京都府京都市東山区祇園町北側625番地 八坂神社075-561-6155
大國主神社 敷津松之宮大阪府大阪市浪速区敷津西1丁目2−1206-6641-4353
八千矛山大国主神社島根県大田市仁摩町大国6130854-88-9950
八重垣神社島根県松江市佐草町2270852-21-1148
大国主神社(長野)長野県長野市大字南長野南県町1044−4
大洲神社愛媛県大洲市大洲神楽山4170893-24-3683
大神神社奈良県桜井市三輪14220744-42-6633
八幡朝見神社大分県別府市朝見2丁目15−190977-23-1408
赤猪岩神社鳥取県西伯郡南部町寺内2320859-64-2102
賣沼神社鳥取県鳥取市河原町曳田0857-22-3318

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