古代日本 日本神話

ウガヤフキアエズの日本神話における最後の神で王朝説もある

2024年4月21日

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宮下悠史

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名前ウガヤフキアエズ
別名天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
登場日本神話
一族父:山幸彦 母:豊玉姫 配偶者:玉依姫
子:彦五瀬命、稲飯命、三毛入野命、彦火火出見尊
コメント神武天皇の父親であり日本神話に登場する最後の神

ウガヤフキアエズは日本神話に登場する最後の神でもあります。

神話の時代と歴史の時代の境目の神であり、父親は山幸彦であり母親は豊玉姫です。

日本神話の日向三代の最後になるのですが、古事記を見ても日本書紀を見ても内容は極めて薄く、系譜と葬られた場所が書かれている位しかありません。

ウガヤフキアエズは初代天皇である神武天皇の父親であるにも関わらず、恐ろしい程に記述が少ないわけです。

日本神話においては存在感がないウガヤフキアエズですが、古史古伝やオカルトの世界ではウガヤフキアエズ王朝が存在したとか、極めて重要なポジションにいる神でもあります。

ウガヤフキアエズ王朝は別名がウガヤ朝であり上記、竹内文書、宮下文書などに記述があり、日本の古事記や日本書紀などの書物には記録されていません。

ウガヤフキアエズの誕生

ウガヤフキアエズの父親である山幸彦は海幸彦の釣り針を無くしてしまいますが、塩椎神に導かれてわだつみの海底宮殿に行きました。

ここで出会ったのが豊玉姫であり、山幸彦と豊玉姫は結婚する事になります。

後に豊玉姫は出産する事になりますが、山幸彦は豊玉姫が出産する姿を見ると、ワニ(サメ)の姿をしており逃げ出してしまいました。

この時に出産したのがウガヤフキアエズでしたが、山幸彦と豊玉姫の関係は破局してしまったと言えるでしょう。

これがウガヤフキアエズの誕生のエピソードであり、ウガヤフキアエズは山幸彦や玉依姫により育てられる事になります。

尚、ウガヤフキアエズの名前は漢字で書くと彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)であり、海辺の産屋において鵜の羽で屋根を葺くのに、葺き終わる前に誕生したからだとされています。

豊玉姫が出産する時には、山幸彦は逃げ出してしまっており、ウガヤフキアエズの名前は豊玉姫が付けたと考えられています。

日本書紀の別説ではウガヤフキアエズが誕生すると、山幸彦が豊玉姫の所に出向き「子供の名前は何としたらよいだろう」と問うと豊玉姫は「ウガヤフキアエズ」と答えた話があります。

この説だとウガヤフキアエズの誕生後に山幸彦と豊玉姫は再会していますが、言い終わると豊玉姫は直ぐに海に帰ってしまいました。

日本書紀には別説が掲載されていますが、山幸彦と豊玉姫の関係は全て破局しているわけです。

尚、ウガヤフキアエズが誕生した場所は宮崎県日南市にある鵜戸神宮であり、鵜戸神宮ではウガヤフキアエズが主祭神として祀られています。

名前住所電話番号
鵜戸神宮宮崎県日南市宮浦32320987-29-1001

乳母の始まり

ウガヤフキアエズは誕生しますが、玉依姫が育てたとする説もあれば山幸彦が育てたとする説があります。

玉依姫が育てた説では豊玉姫は山幸彦にサメの姿を見られた事を恥じてしまい海に帰りますが、玉依姫を地上に残しウガヤフキアエズを養育させたとしています。

山幸彦が片親になりながらもウガヤフキアエズを育てた話も日本書紀には掲載されています。

山幸彦はウガヤフキアエズの為に乳母、湯母・飯かみらを決めて育てる事にしました。

飯かみと言うのは、飯を噛んで子に与える役目の人を指します。

山幸彦はウガヤフキアエズの為の養育を完備し、育てあげる事にしたわけです。

山幸彦は男神であり乳が出ない事から、他の女性を使って乳母としており、これが乳母の始まりだとされています。

ウガヤフキアエズと玉依姫

後に豊玉姫はウガヤフキアエズが非常に容姿がよいと聞き憐みの心が募り、自らの手でウガヤフキアエズを育てたいと考えました。

しかし、豊玉姫は一度は山幸彦やウガヤフキアエズと別れを告げており、自分が行くわけにはいかないと考え、妹の玉依姫を地上に派遣する事になります。

玉依姫はウガヤフキアエズの養育に参加し、後にウガヤフキアエズと玉依姫は結ばれました。

(日向三代:ウガヤフキアエズの系譜)

ウガヤフキアエズは叔母さんと結婚した事になります。

玉依姫の姉の豊玉姫の正体はサメであり、姉がサメであれば妹もサメだと考える事も出来るはずであり、ウガヤフキアエズはサメと結婚した事にもなるはずです。

ウガヤフキアエズと玉依姫の間に生まれた子が五瀬命、稲氷命、御毛沼命、神倭伊波礼毘古命らであり、神武東征を行う事になります。

神倭伊波礼毘古命が後の神武天皇となります。

古事記の中巻は神武東征から始まりますが、ウガヤフキアエズは一切登場しません。

尚、日本書紀によればウガヤフキアエズは西州之宮でお隠れになり、日向の吾平山上陵に葬ったとあります。

因みに、ウガヤフキアエズは日向に葬られたとある事から、宮崎県に墓地があると思うかも知れませんが、吾平山上陵があるのは鹿児島県であり現存しています。

名前住所電話番号
吾平山上陵鹿児島県鹿屋市吾平町上名5250−10994-58-7257

ウガヤフキアエズと皇室の正統性

ウガヤフキアエズが皇室の正統性を表しているのではないかとされている説があります。

日本神話で考えると天界は高天原天照大神の勢力が治めており、地上を出雲の大国主の勢力から譲り受けました。

天照大神は瓊瓊杵尊を派遣し、地上は天孫族が治める事になったわけです。

同じように海を支配する正統性は誰にあるのか?と考える必要があります。

日本神話でイザナギ黄泉の国から地上に戻りを行うと天照大神、月読命スサノオが生まれました。

イザナギは高天原を天照大神に任せ月読命には夜の国、スサノオには海原を任せています。

しかし、スサノオは海原に行かず泣きじゃくり、イザナギに勘当されてしまい高天原に向かいます。

スサノオは高天原を追放された後も八岐大蛇を退治したりしていますが、最終的に黄泉の国の住人になっており、最後まで海原には行きませんでした。

日本神話の海原に着目すると、天孫降臨の後に猿田彦が海で比良夫貝により命を落としています。

瓊瓊杵尊に与する猿田彦が比良夫貝に殺害される辺りは、瓊瓊杵尊の勢力範囲は海にまで達していないとみる事も出来ます。

この後に、猿田彦の死に激昂したアメノウズメが海の魚を呼び寄せて、天津神に従うのか比良夫貝に従うのかの選択を迫り、多くの魚が天津神へ忠誠を誓いました。

この時点で強制的とはいえ海は高天原の勢力となり、海幸彦と山幸彦の話ではワタツミが海の主という立ち位置となっています。

それらを考慮すると、地上を支配する瓊瓊杵尊の子である山幸彦と海を支配するワタツミの娘である豊玉姫の婚姻は、皇室が地上と海を支配する正統性にも繋がるはずです。

山幸彦と豊玉姫の子であるウガヤフキアエズは地上と海を支配する正統性を持った人物という事にもなるでしょう。

ウガヤフキアエズ王朝とは

日本には古史古伝なるものが伝わっており、古史古伝の代表格として「上記」があります。

上記は別名として大友文書とも呼ばれ鎌倉時代に豊後守護である大友能直が編集させたものとも伝わっています。

上記は一般的には偽書だと言われていますが、天地開闢から神武天皇による大和朝廷が始まるまでの歴史が書かれているわけです。

先にも述べた様にウガヤフキアエズは日本書紀や古事記では山幸彦と豊玉姫の子となっていますが、上記では72代に渡って続いた王朝として描かれています。

竹内文書や宮下文書にも代数は違えど、ウガヤフキアエズ王朝の事が記録されています。

神武東征が始まる前に、神武天皇は次の言葉を述べています。

※日本書紀より

神武天皇「天孫降臨から今に至るまで、179万2470年余が経過している」

日本書紀の記述を普通に読むと、瓊瓊杵尊天孫降臨で地上に舞い降りてから、山幸彦、ウガヤフキアエズと途方もない年月が経ったという事になります。

空白の179万年を埋めるのに、ウガヤフキアエズ王朝は誕生したのではないかともされているわけです。

尚、天照大神が稲作をしたり機織りの描写があるなど、日本の神話の世界は弥生時代をモデルにしている様に感じています。

さらに言えば、神話の世界とはいえアフリカにいた人類が出アフリカにより世界に散らばったのは20万年ほど前とされています。

日本は春秋歴を使っているとも言われていますが、179万年を埋めるのは極めて困難だと言えるでしょう。

因みに、古事記に山幸彦が高千穂に580年間いた話しがあり、179万年を瓊瓊杵尊とウガヤフキアエズで埋めなければならない問題もあります。

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