キングダム

荀早はサメ顔の軍師

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宮下悠史

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名前荀早(じゅんそう)
登場キングダム
主君凱孟
コメントサメ顔の切れ者の軍師

荀早は漫画キングダムに登場するサメ顔の軍師です。

残念に思うかも知れませんが、荀早はキングダムのオリジナルキャラであり架空の人物となります。

キングダムの世界では、魏火龍七師の中でも圧倒的なパワーを持つ、凱孟の軍師を務めています。

荀早は凱孟に度々ツッコミを入れていますが、凱孟は荀早の能力を認めており、許されているのでしょう。

著雍の戦いでは河了貂を人質としますが、自らも人質になってしまい後には人質交換が行われました。

凱孟は荀早の能力を認めており、人質交換に応じたわけです。

ただし、著雍の戦いの河了貂との軍師合戦では敗れています。

荀早と著雍の戦い

荀早は凱孟の軍師

著雍の戦い魏火龍七師凱孟は久しぶりに戦場に出ると、大暴れし「やはり戦は良いのォ」と述べますが、隣にいた荀早は「嫌っスよ」と答えました。

これが荀早のツッコミであり、凱孟に対して様々なツッコミを行う事になります。

凱孟は気持ちよく戦っていましたが、荀早は「早く戻らないと呉鳳明に怒られる」と述べました。

荀早は前線と本軍の間にある予備軍(凱孟など)が要となっていると語り、勝手な事はしない方がいいと凱孟を諫めています。

これに対して凱孟は「貴様は時々、ワシの母親のようにうるさい」と述べますが、荀早は臆する事無く「自分の兵をケガさせたくない」と述べ、撤退に移ろうとしました。

凱孟と荀早のやり取りから、荀早が凱孟の軍師をしている事が分かるはずです。

それと同時に、凱孟のブレーキ役も兼ねているいるのでしょう。

しかし、凱孟は聞いておらず、大声で飛信隊の信に一騎打ちを呼び掛ける事になります。

ツッコミ役

凱孟に対し荀早は「ムダ声」と述べ、皆が凱孟様みたいな単純明快な人物ではないと語りました。

さらに、大将の居場所がバレたら、下手したら全軍で突っ込んでくると述べますが、信は臆する事無く凱孟の前に現れています。

凱孟は信に一騎打ちを持ち掛けますが、荀早は「嘘だよ」と述べ、信が凱孟に「廉頗らと違って頭悪いだろ」と言われれば「正解」と答えており、まるで漫才をしている様な展開となります。

凱孟と信に一騎打ちが始まりますが、荀早は賢い廉頗らは凱孟との一騎打ちを避けたと述べています。

一騎打ちは始まりますが、荀早は飛信隊の動きを見て、切れ者の軍師がいる事を悟りました。

捕虜になる

荀早は河了貂の狙いを定め馬で持ち去る事になります。

この時に、河了貂の口から血が出ており、荀早はサッと河了貂の元まで行き殴り抱きかかえての本陣に戻ろうとしたのでしょう。

荀早は敵が後方を遮断しようとしている事と、手土産(河了貂)が出来た事で撤退に移ろうとしました。

荀早は高里に河了貂を任せると、自らは羌瘣に挑む事になります。

ここで河了貂が気が付き指揮官(荀早)を捕虜にする様に、羌瘣に叫びました。

これにより荀早は飛信隊の捕虜になってしまったわけです。

人質交換

飛信隊の方では捕えていた荀早と河了貂の人質交換を持ち出し、凱孟は了承しました。

人質交換の時になると、信の隣にいた荀早は「博打が過ぎる。騙し討ちに遭うとは考えなかったのか。この形で始まれば無防備なおたくらは全滅だ」と述べています。

反対側にいた凱孟は人質を放す様に述べますが、信は怪しみ「何か仕掛けがあるのか」と問いますが、荀早は「凱孟様だぞ」と述べており、「おたくらが人質交換に出るという賭けに勝ったってことさ」と述べると、軍の方に歩き出しました。

凱孟も河了貂を放し無事に人質交換は完了する事になります。

荀早は悪びれるところもなく凱孟に遭うと「ただいまです」と答え、凱孟に「人質をとったりとられたり話がややこしくなった」と述べると「すんません」と答えただけであり、罪には問われませんでした。

凱孟は河了貂を飛信隊に返す時に「こちらも荀早を取られて難儀しておった所だ」と述べており、凱孟にとって絶対に必要なのが荀早だった事が分かるはずです。

さらに、凱孟は河了貂に千金抱き合わせでも、荀早の人質交換に応じるとも述べており、凱孟にとって絶対的な軍師は荀早なのでしょう。

軍師合戦

著雍の戦いの三日目に入ると、王賁魏火龍七師紫伯を討ち取りました。

王賁率いる玉鳳隊は呉鳳明の本陣に向かう事になります。

この頃に、凱孟の軍と飛信隊は交戦状態となっており、信と凱孟の戦いは続いていました。

著雍の戦いの見せ場の一つは荀早と河了貂の軍師合戦でもありました。

戦いの中で河了貂は突如として右翼の羌瘣を戦場から離脱させています。

荀早は河了貂の意図が分からず、五百名に羌瘣を追わせました。

信は凱孟と戦いながらも、田有竜川崇原竜有に指示をしました。

この様子を見て凱孟は勝ちを確信し、軍師の差が出たと述べています。

しかし、河了貂は隣の戦場にいた隆国に話をつけてあり、援軍を呼んでいたわけです。

形勢は逆転しの軍が不利となりますが、荀早は「よくこちらに気付かれずに来たものだ」と述べ「抜かったわ」と敗北を認めました。

凱孟も撤退を始め、飛信隊は魏の呉鳳明の本陣に向かう事になります。

録嗚未も呉鳳明の本陣に向かっており、呉鳳明は本陣を棄てて逃亡し、霊凰を犠牲にして戦場から離脱しました。

著雍の戦いで荀早は河了貂との軍師合戦で敗れてしまったと言えるでしょう。

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