キングダム

万極は蹂躙を繰り返す趙の将軍

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宮下悠史

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名前万極(まんごく)
登場キングダム
一族父:万顔 兄:万剛
コメント長平の戦いの生き残り。

万極は漫画キングダムに登場する架空の人物です。

ただし、長平の戦い兵を大量に生き埋めにしてしまったのは、事実だと考えらえ、万極の様な人がいてもおかしくはないと考えています。

万極は馬陽の戦いの前に登場し、白髪で何処か不気味な様相を持った人物として登場しました。

特攻の万極の異名を持っていますが、長平でのトラウマから秦に対しては民衆も含めて冷酷な蹂躙を行っていました。

後に函谷関の戦いでも参戦していますが、最後は信に斬られて最後を迎えています。

死にゆく万極を見て信が放った「俺は長平みてぇなことは絶対にやらねえし、絶対にやらせねぇ」はキングダムの中でも、名言として残っています。

尚、映画キングダム・運命の炎では万極役を山田裕貴さんが務めました。

万極の初登場

趙の悼襄王龐煖に馬央への攻撃を命じました。

咸陽に伝達が入ると嬴政は急いで、馬央に援軍に行くように指示しています。

嬴政は人の秦への憎悪の強さが分かっていました。

趙の軍は馬央の城だけではなく、周辺の村々を襲い惨劇を繰り返しますが、この時に趙軍の副将となり、村々を襲ったのが万極となります。

この時に万極は何かを羽織り裸で靴という異様な雰囲気であり、さらに多くの女性の死体の山の上に座っていたわけです。

万極は吃音で喋り、多くの方が「不気味」と思ったのではないでしょうか。

初登場時の万極はかなり不気味ないでたちだったと言えるでしょう。

尚、万極の初登場はキングダム11巻・第109話『趙の蹂躙』です。

万極と長平の戦い

万極はに対し容赦ない仕打ちをしますが、趙の悼襄王龐煖を大将軍とし、龐煖が万極を副将とした事が明らかになります。

万極は雨の中で秦人の骸を見ながら「う。。受けとめよ。秦、我らの闇よ。ち、、ち長平の呪いを」とも述べており、万極と長平が大きく関わっている事が分かるはずです。

春秋戦国時代が好きな方であれば分かったと思いますが、趙の孝成王の時代に長平の戦いがあり、孝成王が将軍を廉頗から趙括に代えてしまった事で、軍は大敗北を喫し、白起により45万が生き埋めにされました。

万極は長平の戦いの生き残りであり、トラウマになってしまったわけです。

万極の行動を決定づけてしまったのが、長平の戦いと言えるのかも知れません。

馬陽の戦いと万極

万極と干央の一騎打ち

馬陽の戦いではの信や干央の活躍もあり、馮忌を討ち取りました。

その日の夜は飛信隊は勝利に酔いしれていたわけですが、秦の陣地に龐煖が一人で夜襲を仕掛けて来たわけです。

この騒動に反応したのが、付近にいた万極と干央でした。

万極は部下に「殺せ。秦の犬共を」と述べ、兵士らに秦への蹂躙を命令し、自らは五百の兵を率いて龐煖の援軍に向かう事になります。

干央は龐煖を狙い撃ちにする様に命令しますが、阻止するべく万極は動きました。

乱戦の中で万極と干央の一騎打ちとなりますが、干央は万極を「この白髪男。強い」と評価しました。

干央は万極の鎧を斬りつけますが、万極が「ニィ」と笑っており、足止めとしての役目を万極は果たしたと言えるでしょう。

飛信隊は策を用いて龐煖を討とうとしますが、信が戦闘不能になるなど退却しました。

この様子を見てしまった干央は万極の刀により、肩の付近を刺されています。

ただし、干央は亡くなった訳ではなく生きていました。

飛信隊を追撃

飛信隊は退却しますが、では万極が兵を率いて追撃戦を行いました。

この時に万極の前に堂々と現れたのが、飛信隊の沛浪です。

沛浪は威勢のいい事を言った後に、一斉に山の麓に向かって走り出しました。

沛浪たちの作戦は自らが囮となり山を下りる方向に行き、信を担いだ尾到尾平が山の上に逃げる作戦だったわけです。

万極は信がいない事や、飛信隊の士気の高さを怪しみ、山の頂上の方にも兵を派遣しました。

この時に尾到は腹部から大量出血をしており、万極は血で山頂に向かっている者がいた事を知ります。

しかし、万極は信や尾兄弟を発見する事が出来なかったわけです。

その後に、尾到は亡くなっています。

退却に納得がいかない万極

馬陽の戦い蒙武が龐煖を追いかけ、最終的に王騎と龐煖の一騎打ちとなりました。

王騎は魏加の弓矢もあり、龐煖により最後を迎える事になります。

李牧の策により王騎が討ち取られた事で、の勝利が決まりますが、軍が王騎の死で「死に物狂いで攻めて来る」と考え、退却を命じました。

趙の公孫龍や李白は命令に従いましたが、万極は「勝った我々がなぜ退がる」と納得しなかったわけです。

しかし、趙軍は退却を始めており、秦の録嗚未は王騎の死で暴走し趙に突撃を仕掛けており、万極の軍だけで対処する事は不可能だったと言えるでしょう。

万極は納得はしませんでしたが、退却しました。

万極としては、秦を徹底的に戦い蹂躙したかったのでしょう。

合従軍篇と万極

異質な万極軍

キングダムの合従軍篇では春申君が総大将となり参謀には李牧がおり、函谷関の戦いが勃発しました。

この時に麃公の軍に飛信隊が配属されており、の慶舎の軍と戦う事になります。

慶舎の配下の軍の中には万極がいました。

信は万極の首を狙う事になりますが、万極配下の兵たちは粘り強く戦い、信を寄せ付けなかったわけです。

この時に李白配下の者は万極軍の戦いに驚いた程でした。

ここで李白が語り出し、「万極軍は他の趙軍とは色合いが違う」と述べ、配下の者達は長平の戦いでの遺族や遺児のみで構成されている事が明らかとなります。

先にも述べた様に、長平の戦いでは白起が趙兵40万を穴埋めにした戦いでもあり、怨念が兵士に宿り不気味な程の強さを見せていたわけです。

長平の怨念

信は兵が長平の戦いで秦を恨んだと言っても「自分たちが生まれる前のこと」だと述べました。

信としてみれば、長平の戦いの遺児たちがを恨むのは「筋違い」だと考えたのでしょう。

ここで万極が語り出し、大きな穴だらけの荒野に集められたと口にしました。

さらに、万極は父親(万顔)と兄(剛兄)と共に、幼いながらも長平の戦いの場にいた事を語り出します。

この話を聞いた飛信隊の松左は、驚きを隠しませんでした。

白起の命令により、捕虜となった趙兵40万は穴に落とされ、生き埋めにされたわけです。

穴埋めにされた趙兵は「怨念となり永劫に秦を呪ってやる」と想い、世を去った事になっています。

しかし、万極は自力で土の中から這い上がり、生還しました。

万極は長平の怨念となり、既に無抵抗の一般人1万を蹂躙したと告げています。

飛信隊の中には長平の戦いは「俺達には関係ない事」と言い万極に襲い掛かりますが、万極は一撃で倒し「理解が低すぎる」と両断しました。

万極は秦兵の親・女・子と全員一人残らず、地の底に沈めてやると意気込む事になります。

地の底に沈むと言うのは万極の死生観を現わしたものであり、死んだものは天に登るのではなく、地中に帰ると考えていたのではないでしょうか。

日本神話でも黄泉の国は「根の国」と呼ばれたりもしており、地下の世界を現わしています。

万極と河了貂

万極に反論したのが、河了貂です。

河了貂は万極が馬央一帯の村々を壊滅させ、一般市民を殺戮していると指摘しました。

万極は「秦と同じ事をしたまで」とし「長平の戦いでは投降した時点では、兵士は非戦闘員となり四十万の一般人」と考えたわけです。

これに対して、河了貂は万極が手を掛けた秦の人々は最初から一般人で、女・子供も含まれていたと言い放ちました。

河了貂の考えでは、長平の戦いでは白起は投降兵を生き埋めにしたとし、万極は一般の老若男女に手を掛けたと言いたかったのでしょう。

これに関しては、河了貂の言い分も正しい所があり、白起が仮りに40万の捕虜を得て、に返してしまったら、趙兵は再び息を吹き返し、秦に攻めて来たはずです。

それを考えれば、リアリストな白起が秦の為を想って、40万を生き埋めにしてしまった部分もあるのでしょう。

さらに言えば、長平の戦い後に直ぐに趙を攻撃すれば、首都の邯鄲を落せると白起は考えていましたが、范雎秦の昭王を説得し、一時的に停戦しており、邯鄲籠城戦が行われるも孝成王平原君が良く守り、秦は趙を滅ぼす事が出来ませんでした。

河了貂は軍師となっただけではなく、ならず者だらけの黒卑村で育ち、世の中の負の部分も見て来たわけであり、万極に同情する必要はないと考えたのでしょう。

河了貂は万極が咸陽に行けば、殺戮劇が繰り返されると考えました。

万極と信

河了貂の言葉で信は息を吹き返し、万極と対峙しますが「こいつに同情の余地がなくはねぇ」と述べ、正しさの答えは誰も持っておらず、500年も戦い続けていると告げています。

信の言葉に対して万極は「人は出口無き闇で永劫に呪い合い殺し合う」としました。

さらには、それこそが世界の真理ともしています。

信は春秋戦国時代が500年以上も続いている理由を述べ「境があるから内と外で敵が出来る」としています。

つまり、秦の大王である嬴政が天下統一すれば、戦国七雄の国が無くなり、天下に争いが無くなるとしたわけです。

迷いが消えた信は万極に襲い掛かりました。

万極の思想

万極と信の戦いとなりますが、尾平輪虎を討った信が負けるはずがないと考えていました。

実際に万極は信に斬られますがダメージは浅く、反撃に転じ剣術で信を圧倒しています。

万極は国を一つにしても、怨念が消せるとは思ってはおらず「怨念は怨念に連なり輪となる」と言い放つ事になります。

万極が咸陽を壊滅させても生き残り出れば、第二の万極が誕生し、怨嗟の渦が続いていくのが、不動の真理だとしました。

つまり、が仮にを滅ぼし咸陽を壊滅されても、趙を恨む第二の万極が秦から誕生し、それが続いて行くと考えたのでしょう。

世の中は怨念の連鎖により成り立っているとするのが、万極の思想という事になります。

万極の最後

信は万極に対し「俺は身内を殺された」と言い攻撃を仕掛けてきました。

ここで信のいう身内はの事を指すのでしょう。

信は万極を「運が悪かっただけ」とし「憐れな奴」と述べ、亡霊の重みで万極自身が一番呪われてしまったと言い放ちました。

万極は呪われているのは人間全てとしましたが、信に対し心が動揺したのか、部下達に信を攻撃する様に命令しています。

信は上空から万極に攻撃を仕掛けて討ち取り、これが万極の最後となります。

ここで信は息絶え絶えとなった万極に向かって「俺は長平みてぇなことは絶対にやらねえし、絶対にやらせねぇ」と述べました。

信が万極に掛けた最後の言葉は、キングダムの中でも名言となっています。

万極も「俺も怨念となって見ているぞ。お前たちのなそうとする事を地の底でずっと・・。見ているぞ」と告げると、息が途絶えました。

この瞬間に万極は成仏したとも言えそうです。

万極は実在したのか

万極は実在したのかですが、先にも述べた様にキングダムのオリジナルキャラで架空の人物とされています。

しかし、長平の戦い白起が40万の兵を穴埋めにされた記述は史記にも掲載されています。

本当に40万もの人々を埋めたのかは分かりませんが、長平では人骨が多く発見されるなどもあり、大量の趙兵が世を去った事は事実なのでしょう。

こうした事を考えると、万極は架空のキャラであるからも知れませんが、万極の様になってしまった人はいるのではないでしょうか。

趙から40万もの成人男性が一気に無くなってしまったわけであり、戦争孤児になった者や売られてしまった者も多くいたとみる事が出来ます。

万極は史実の人物ではありませんが、万極の様な人はいたと考えてもよいと感じました。

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