キングダム

オルドは凡将なのか

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宮下悠史

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名前オルド
登場キングダム
主君今王喜
コメント凡将としての一面が垣間見る事が出来る。

オルドは漫画キングダムに登場するの大将軍です。

史記や戦国策にオルドなる武将は登場せず、キングラムのオリジナルキャラとなるのでしょう。

合従軍編から登場し、函谷関の戦いでは王翦と対峙しました。

しかし、王翦により奇襲を受け、王翦の軍を見失った事で、媧燐の策を失敗に終わらせ函谷関の戦いの敗戦の原因を作っています。

鄴攻めでも司馬尚と対峙しますが、李牧に退路を断たれそうになり撤退しており、凡将としての姿が垣間見えます。

オルドの名前の由来ですが、オルドス地方から来ているのではないかとする説があります。

ただし、個人的には蒼き狼と白き牝鹿というゲームがあり、そこに「オルド」というものが存在しています。

ここでいうオルドは男女の行為ですが、オルドにはモンゴル語で「宮殿」などの意味もあり、キングダムのオルドは北方の異民族とも多くやりあっている事から、チンギスハンのゲームに倣いオルドとしたのかな?とも感じた次第です。

オルドと函谷関の戦い

オルドの初登場

オルドの初登場はキングダム25巻・第268話『一堂に会す』です。

キングダムでは李牧春申君からなる合従軍を結成しました。

各国の司令官が本陣に集まりますが、一番最初に現れたのが魏の呉鳳明でしたが、2番目に現れたのが燕のオルドです。

燕のオルドは風万平原の本陣に到着すると、呉鳳明がいるのを見て「先に来ている者がおったか」と述べています。

本陣には五つの席が用意されていましたが、呉鳳明は中心に座っており、オルドは椅子の場所を代えて自らが中央に座る様にしました。

この辺りはオルドの茶目っ気と、セコサが垣間見れるシーンでもあります。

さらに、楚の汗明と韓の成恢が到着すると、オルドは汗明を見て「俺より、でかい男を久しぶりに見た」と述べており、体格では汗明がオルドを圧倒していました。

尚、汗明は椅子に座ると巨体過ぎて椅子が壊れるハプニングが起きています。

オルドと李牧

合従軍の本陣に春申君と李牧が現れました。

この時にオルドは直ぐに立ち上がり「胸躍るとは正に このことだ」と述べています。

は合従軍に参加していませんが、普段は敵国同士の大将軍が一同に集まった事に心を躍らせたと言えるでしょう。

オルドは李牧の前に行くと「俺はあんたと共に戦える事が心底嬉しい」と述べています。

合従軍が結成される直前に李牧はの劇辛を討ち取っていますが、オルドは気にする素振りもなく豪快に笑っていました。

李牧が話を聞くとオルドが燕王(今王喜)を説得した事も明らかになっています。

それと同時に、龐煖に討たれた劇辛は「合従軍の為の生贄」などとも話しています。

こうしたオルドの姿を見た呉鳳明は「この男 見た目とは裏腹に鋭いか・・」と評価しました。

オルドは合従軍の大将に李牧が就くと思っていましたが、春申君が就任し不満を感じましたが、李牧が合従軍参謀として最初から最後まで戦いを描くと知り納得しています。

オルドは「これ以上 豪華な顔触れはない。やはりこの合従軍は最高だ」と述べました。

ここまでのオルドを見て「口数は多いが、何処か良さそうな人」という印象を受けた人も多いのではないでしょうか。

王翦の山城

函谷関の戦いが始まりますが、オルド率いる軍12万は王翦軍7万と対峙する事になります。

オルドは廉頗蒙驁が戦った山陽の戦いを分析しており、王翦を見て「一戦まみえる相手としては興味深い」と述べました。

王翦の軍を見たオルドの部下は王翦軍の背後の山脈を通れば、函谷関の真横か裏側に行けると考えたわけです。

オルドの見せ場は函谷関の戦いの1日目になく二日目に、王翦の築いた山城に攻め込んでいました。

オルドは王翦の山城を「立派」と評価しつつも、自分の配下には多種多様な山間民族が含まれており、山城攻めが得意だったりすると述べています。

王翦が籠る山城をオルドは落とすつもりでしたが、の第二将の媧燐の策もあり、単純な消耗戦を行う様に指令が出されました。

そして、函谷関の戦いは運命の15日目を迎える事になります。

オルドが王翦に翻弄される

函谷関の戦いの15日目に、オルドは王翦と本格的に交戦しました。

オルドは側近のユキイに王翦の強さを訪ねるなど、戦を楽しんでいる様でもあったわけです。

ここでオルドは王翦軍が予備兵を補充させる場所に、主攻を向かわせており、王翦は呆気なく後退しました。

これにより、オルドは呆気なく山城を奪取したと言えるでしょう。

オルドはオタジに王翦軍の行方を尋ねると、北西へ逃亡したとする情報を得ました。

王翦は逃亡したと考えたオルドは、函谷関の裏が取れると勝利を確信したわけです。

山を登ろうとするオルドを王翦は見ており「愚か者」と評しています。

オルドは王翦に急襲され軍の統制も乱れますが、王翦が放った孟龍は一撃で討っており、圧倒的な武力を見せています。

ここでオルド配下の軍は8千の損害を出し、主攻を失いました。

ここで、オルド自身も計り知れぬ損失だと考えています。

オルドは矢で負傷し、王翦の山城に戻る事になります。

この時にオルドは王翦の行方を見失っており、これが媧燐の策を失敗させる原因にもなっています。

オルドの失態

合従軍はの総大将の成恢だけではなく、の総大将である汗明も失いました。

それでも、媧燐の精鋭部隊が函谷関の裏に出ますが、王翦が待ち構えており、全滅しています。

の歓声を聞いた春申君は激怒し「オルドは一体何をやっている」と言い放ちました。

オルドは王翦の奇襲により、慎重になっており、また伏兵が出るのではないかと、伏兵を探し動けなかったわけです。

しかし、王翦はオルドの行動を読んでおり、伏兵は配置せず、函谷関の裏に現れて媧燐の精鋭部隊を討ちました。

オルドは大失態を犯してしまったと言えるでしょう。

合従軍の将は本陣に集まりますが、媧燐が悪態をつきオルドが「大女」と呼び、言い争う事になります。

この様子を見ていた呉鳳明に、オルドと媧燐は一喝されました。

しかし、李牧は次の策に出ており、合従軍の精鋭部隊を率いて、秦の中枢を狙う事になります。

ここで蕞の戦いが勃発しますが、嬴政昌平君、信らが奮戦し、楊端和率いる山の民の援軍が来た事で、合従軍は敗れ去りました。

函谷関の戦いが始まる前に、オルドは「心躍る」と言っていましたが、終わってみれば敗戦の原因を作ってしまったと言えるでしょう。

オルドと司馬尚の戦い

は迅速に天下統一を成し遂げる為に、昌平君の策もあり、の首都邯鄲の南にある鄴に向かって兵を進めました。

鄴攻めが行われたわけですが、この時にオルドがの総大将となり、北方から趙を攻撃し霊玄城と幹渭城を陥落しています。

合従軍編が終わった時に、春申君は左遷されるなどしていますが、大失態を犯したオルドが未だに燕の将軍になっている事が分かる記述でもあります。

ここで青歌城の司馬尚が出撃し、オルドと交戦しました。

さらに、李牧は燕軍の退路を断つために燕の貍と陽城を落しています。

趙が燕の貍・陽城を落した話は史実であり、史記の趙世家に書かれています。

ただし、貍・陽城を落した趙の将軍が誰なのかは書かれていませんが、韓非子に龐煖が燕を攻めている隙に、鄴が陥落した話があり、趙軍の総大将は、史実だと龐煖だったのでしょう。

当然ながらオルドも司馬尚を破る事が出来ず、燕に撤退しました。

ここでも、オルドはパットせず終わってしまったと言えるでしょう。

オルドは凡将なのか

キングダムのオルドを見ていると、失態が多く威勢はいいが凡将なのではないか?と思っている人も多いのではないでしょうか。

しかし、オルドの対峙した相手は、王翦と司馬尚であり、どちらも史実に登場する武将であり、相手が悪すぎると感じました。

春秋戦国時代の名将を現わす言葉で頗翦起牧とする言葉があり、廉頗王翦白起李牧の四人を指します。

頗翦起牧を見ると王翦の名前が挙がっており、春秋戦国時代を代表する名将だという事が分かります。

王翦は春秋戦国時代の最後の名将と呼べる様な人物であり、歴史的に考えて王翦がオルドに敗北する事はまずありません。

司馬尚は史実ではの最終決戦のみで登場する武将ですが、趙の滅亡まで生き延びさせなければならない事情もあったはずです。

キングダムの物語を面白くする意味でも、司馬尚は強くなければなりません。

さらに言えば、戦国時代の燕という国は、燕の昭王の時代に楽毅を壊滅した時が黄金期であり、燕王喜の時代はぱっとせず、50万の燕軍を率いた栗腹が廉頗に敗れるなどもしています。

軍事的にパッとしない燕の将軍にオルドは役柄が決まった時点で「やられ役」として決まったも同然だったのかも知れません。

それでも、史実だと秦の王翦が趙を滅ぼした後に燕を攻撃しており、ここでまた王翦とオルドの戦いが見れる可能性があります。

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