
舜水樹は漫画キングダムに登場する架空の人物です。
李牧の側近であり、知略を駆使した戦い方をします。
舜水樹は兵法に明るいだけではなく、匈奴や犬戎の言葉を流暢に喋る事も出来ます。
基本的に沈着冷静ですが、李牧に心酔しており、李牧の事になると激昂したり感情をあらわにします。
舜水樹は銀髪で独特な髪型をしており、北の狄の出身だと明かされており、異民族出身となるのでしょう。
因みに、舜水樹のモデルは「いきものがかり」の水野良樹さんとの事です。
舜水樹は何処か神秘的な人物
舜水樹の生い立ちを知る上で、重要なキーワードがあります。
キングダム65巻・第706話『扈輒軍の精神』で、平陽の戦いで主君の扈輒を討たれ、死に急ぐ虎白公を諫めたシーンです。

この時に激昂した虎白公は思わず「北の狄の血を引く部外者が・・」とする言葉を残しています。
虎白公の言葉から察するに、舜水樹は異民族出身であり、北狄の出身だという事ではないでしょうか。
春秋時代には鮮虞という国があり、戦国時代には中山国と呼ばれ北狄の国だった事が分かっています。
中山国は燕と趙の間にある小国であり、戦国時代の初期に魏の文侯が楽羊に命じて滅ぼしました。
しかし、魏にとって中山国は飛び地であり、魏が覇権を手放す中で独立する事になります。
独立国となり一時は王も名乗った中山国ですが、紀元前296年に趙の武霊王により滅ぼされました。
さらに、言えば中山国は滅亡しますが、中山国には楽毅がいた事が分かっています。
後に楽毅は燕の昭王に仕え合従軍を率いて、斉を滅亡寸前まで追い込みました。
楽毅はキングダムでは過去の人物ですが、最強クラスの人物となっており、舜水樹の軍略は楽毅の軍略が伝わったものではないかとも思った次第です。
さらに言えば、舜水樹の「舜」の文字は伝説の時代である三皇五帝の「舜」と同じ漢字を使っています。
舜は堯からの禅譲を受けて、禹に禅譲した人物でもあります。
北狄が起こした中山国は「神秘の国」と言われた事もあり、舜水樹の名前と銀髪も合わせて原泰久先生は「神秘的な人物」として描きたかったのではないでしょうか。
原泰久先生は舜水樹を中山国の生き残りの末裔という設定にしたのではないかとも感じた次第です。
舜水樹の初登場
舜水樹の初登場はキングダム45巻・第484話『それぞれの出発』です。
この様子を李牧と共に見ていたのが、舜水樹と馬南慈となります。
李牧は「桓騎の実力を見誤った」と述べますが、舜水樹は慶舎の損失は大きかったとしましたが、代わりに二つのものを得たと述べています。
馬南慈も察しており、得たものは「紀彗」と「桓騎の弱点」としたわけです。
初登場の時から、馬南慈が豪将としての姿で描かれたのに対し、舜水樹は知的な軍師風の人物として描かれていました。
鄴攻めと舜水樹
舜水樹の報告
紀元前236年に秦では王翦を総大将として、桓騎や楊端和と共に鄴攻めを行いました。
この時に李牧は趙の西部にある武白城にいましたが、側にはカイネ、傅抵、馬南慈と共に舜水樹もいたわけです。
ここで李牧は舜水樹に「敵の兵糧の量と流れをしっかりと追うように」と指示しました。
舜水樹は趙の兵糧の流れをチェックすると什華を備宇に任せ自らは、李牧の元に向かおうとしますが、ここで部下から金安の間者5人が消息不明になったと耳にしました。
金安が厳重に警備されている事で、舜水樹は只の兵糧中継地点ではなく、秦軍20万の食料が金安に集中していると考えたわけです。
舜水樹は予定を変更し、什華に残る事になります。
舜水樹は使者を急いで李牧の元に派遣し、情報を報告しようとしますが、このタイミングで北方の燕のオルドが趙に軍を進めたとする情報が入ってきました。
金安の先には鄴があり、舜水樹の報告により李牧は秦の狙いが鄴だと気が付いたわけです。
舜水樹は見事な働きをしたと言ってもよいでしょう。
李牧は邯鄲に伝令を送ると、これを読んだ胡周は、直ぐに鄴の手前にある列尾の守を固めるように進言しますが、趙の悼襄王は軍を動かしませんでした。
李牧は王都圏に向かいますが、ここに舜水樹も合流する事になります。
尚、オルドが率いていた燕軍は青歌の司馬尚が撃退しました。
遼陽軍を指揮
秦軍は首都圏に入ると、王翦は周辺の小城を陥落させ、住民に危害を加えず鄴に入る様に誘導し、桓騎に鄴を囲ませています。
この時に、李牧は舜水樹に遼陽軍を指揮する様に命じていました。
遼陽軍は10万規模の軍であり、金毛は驚きますが、李牧として当然の判断だったのでしょう。
舜水樹は公孫龍と共に遼陽に向かう事になります。
楊端和を挑発

この時に、突如として目の前に舜水樹が現れ、山の民の死体を見せつけ、楊端和を指さし挑発したわけです。
舜水樹は遼陽軍の本陣に戻ると、撤退を指示しました。
舜水樹は単に戦いに勝つだけではなく、深く引き込み大打撃を与え、撃ち漏らした者を李牧がいる朱海平原に向かわせぬ為の配慮でした。
楊端和を挑発したのは、引き込んで戦いたい思惑があったのでしょう。
犬戎を味方につける
舜水樹は軍を後退させ、犬戎の軍と合流する事になります。
犬戎王ロゾが現れると、いきなり舜水樹の首を刎ねる様に命じますが、舜水樹は顔色一つ変えず、犬戎の言葉で「早まるな犬戎王」と述べました。
舜水樹は流暢に犬戎の言葉を喋っており、複数の言語を喋れる事が分かるシーンでもあります。
それと同時に、李牧が北方から連れてきた人物の一人が舜水樹だと分かる話でもあります。
ここで舜水樹は秦軍を叩き潰す様に依頼し、見返りは李牧が来年もうまい肉を振る舞うと述べました。
舜水樹は交渉に成功し、犬戎の軍は趙と共に戦う事になります。
兵糧庫を焼く
舜水樹は犬戎王のロゾに地下道があるかと尋ねました。
ロゾはとぼけますが、舜水樹は犬戎らが抜け目がないと考えており、いざという時の脱出用に通路を掘っているはずだと尋ねたわけです。
舜水樹はラゴの森に秦将の壁の軍の兵糧庫があると読み、地下道を通り急襲しようと考えました。
ここで舜水樹は自ら兵を率いて、ラゴの森にある秦軍の食糧庫を焼きました。
壁にとっては失態であり、キタリに責められたりもしましたが、舜水樹にとっては大きな手柄を挙げたと言えるでしょう。
尚、舜水樹はロゾを呼び捨てで話していましたが、ロゾが「李牧でさえロゾ王と呼ぶ」と述べると、ロゾ王に呼び方を変えました。
舜水樹も高い智謀を持っている様ではありますが、李牧には頭が上がらないのでしょう。
裏目に出た作戦
舜水樹に兵糧庫も焼かれカ、楊端和の軍は苦しくなりました。
当然ながら一発逆転を狙うしかなく、犬戎の三将のゴバ、ブネン、トアクを狙う事になります。

しかし、舜水樹は冷静に「猿共の考えることなどお見通しだ」と述べ、ロゾの言葉もあり兵糧切れを待たずに、迎撃して決着をつけようとしました。
ただし、これが裏目に出る事になります。
楊端和を包囲した策
犬戎の軍と楊端和の軍の間で激戦が繰り広げられる事になりました。
犬戎の激しい戦いぶりをみた側近たちは勇猛さに驚きますが、舜水樹は犬戎の兵たちが家族を人質に取られ戦っていると知っていたわけです。
しかし、トアクがフィゴ王ダントに討ち取られ、ゴバは退却しますが、楊端和が自ら迫りました。
舜水樹は楊端和がゴバを狙っていると考えており、楊端和の軍をロゾ、ゴバ、公孫龍の軍で包囲したわけです。
ここまでの舜水樹の読みは完璧だったと言えるでしょう。
包囲された楊端和はゴバに正面から突撃を仕掛けており、ゴバはバジオウとも互角の武勇を誇る事から、普通に考えれば楊端和の負けでした。
しかし、楊端和は圧倒的な武勇を見せ、余裕でゴバを討ち取っています。
舜水樹の作戦自体は問題が無かったのかも知れませんが、犬戎では次々に将が打たれる展開となりました。
この時点で舜水樹の計画は、かなり狂っていた様に感じています。
さらに、犬戎王のロゾが城を出た事で、遼陽の城の防備が薄くなりました。
敗北
舜水樹は楊端和を追い詰めますが、結局は逃げられました。
それでも、バジオウが守る楊端和を発見しますが、山の民のタジフ、シュンメン、ダントらが援軍に現れたわけです。
乱戦となりますが、こうした中でブネンはキタリに討たれ、ロゾも壁に討たれました。
舜水樹は残った兵と共に遼陽に戻りますが、既に山の民のエンポの別動隊が遼陽を占拠していました。
ここで犬戎が楊端和に味方する宣言をしたわけです。
犬戎の人々はロゾが圧政を行っている事を趙は知っていましたが無視し、楊端和は開放者になると申し出た事で秦に降る事を決断しました。
舜水樹は翻意させようとしましたが、犬戎の人々の意思は固く舜水樹は敗北を認めたわけです。
尚、楊端和は自らが囮となる策を実行しており、紙一重だったのかも知れませんが、最終的に舜水樹の知略を楊端和が上回った事になります。
朱海平原の戦いも信に龐煖が討たれるなどもあり、秦の鄴攻めは成功し趙は敗れました。
舜水樹の激昂
鄴の戦いが終わると、李牧は趙の悼襄王により牢に入れられました。
この時に舜水樹は扈輒と共に列尾の城にいたわけです。
こうした中で馬南慈の使者が列尾にやってきて、李牧が投獄され邯鄲で斬首される情報を得る事になります。

話を聞いた瞬間に舜水樹は激昂し「我らの王は、どこまで愚かなのか」と吐き捨てたわけです。
冷静沈着な舜水樹が激昂しており、李牧に対する思い入れの強さがよく分かるシーンでもあります。
舜水樹の李牧救出作戦
趙の要人を暗殺
舜水樹は李牧を救出するべく動き出しました。
この時に舜水樹はカイネらと共に、国内の要人を派手に殺めており、李牧を処刑すれば暴走し戦を始めるとする覚悟を見せたわけです。
趙の王都邯鄲では内戦状態となります。
しかし、悼襄王や郭開は李牧を処刑する気満々であり、雷還広場で執行される事も決まりました。
趙嘉も悼襄王を諫言しますが、耳を食いちぎられる事態となります。
幸運と不幸
李牧が処刑される前日となりますが、舜水樹は公開処刑の場に現れた時に救出するとしました。
舜水樹の率いる兵士の数と広場の守備兵では、50倍もいるとしましたが、作戦を立てて救出に動こうとしたわけです。
この時に、カイネは負傷していましたが、救出部隊に志願すると舜水樹は冷静に「元からそのつもりだ。李牧様を頼む」と述べています。
舜水樹は顔は冷静でしたが、カイネの想いを考慮したのでしょう。
しかし、この時に悼襄王は桃泉殿で世を去る事になります。
これにより太子の趙嘉に実権が移り恩赦が出されたのか、趙の賢人たちが牢を出る事になり、李牧も外の空気を吸う事になります。
趙嘉が趙王になるかと思えば、郭開の暗躍もあったのか、趙遷が趙王となりました。
趙嘉、李牧、カイネは襲われますが、舜水樹と傅抵は北門を抑えており、ここから脱出し外の馬南慈の軍に合流する事になります。
趙の悼襄王が亡くなるという幸運と、趙遷が趙王になる不運を同時に味わってしまったと言えるでしょう。
舜水樹の野望
李牧らは死地は脱出しましたが、これからどうするかを決めなければならなくなりました。
この時点で李牧の一行は趙王に叛逆した反乱軍という扱いになっている事を、舜水樹はよく理解していました。
ここで、舜水樹は三択があるとのべ、1が「投降して断罪される」、2が「このまま逃走を続ける」とし、
3番目の策が邯鄲に攻め入り、新王と郭開を抹殺し、趙嘉に王位に就いて貰うというものでした。

さらに、舜水樹は第3の策を変化させ、李牧が新王朝を築くとする案まで出しています。
多くの者が驚きますが、李牧は舜水樹を窘め、このまま李牧が邯鄲を落しても、趙嘉は真の趙王として迎えられないとしました。
李牧も新王朝を開くなど「言語道断」としたわけです。
舜水樹は「申し訳ありません」と告げました。
舜水樹は趙に対して忠誠心があるのではなく、李牧に対し忠誠を誓っている事が分かるシーンでもあります。
李牧は司馬尚がいる青歌に向かう事としました。
宜安の戦いと舜水樹
宜安の戦いで桓騎の起死回生の一手で、李牧は急襲され窮地に陥りました。
この時に舜水樹は蒙恬が率いる楽華隊と戦っていましたが、李牧はカイネや馬風慈、傅抵に守られながら何とか持ちこたえていました。
しかし、厘玉(りんぎょく)やゼノウ、黒桜にも肉薄されており、危険な状態だったわけです。
舜水樹は蒙恬と戦っていましたが、この時に蒙恬は舜水樹を指し「その男は李牧の片腕の舜水樹だ。その男だけは李牧の元に行かせるな」と阻止しようとしました。
秦にも舜水樹が李牧の側近中の側近だと知れ渡っていたのでしょう。
楽華隊の動きは鋭く舜水樹は苦戦する事になります。
舜水樹は部下に「出過ぎ」とも言われており、李牧の事になると冷静ではいらない事が分かるシーンでもあります。
ここで趙の虎白公の軍が到着し、蒙恬は部下の愛閃に虎白公を当たらせようとしました。
しかし、ここで舜水樹は虎白公を前に進ませ、自らは盾となったわけです。
舜水樹は虎白公のことは良く知っており「任さられる」と判断したのでしょう。
舜水樹は李牧の元にまで辿り着けませんでしたが、虎白公を先に行かせファインプレーだったはずです。
ただし、虎白公は桓騎に斬られ最後を迎えています。
最終的に李牧は助かり桓騎は戦死しました。
尚、西暦229年に秦と趙の間で、最終決戦が行われていますが、舜水樹も参戦している状態です。